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パクチーブームの火付け役が店を閉めた理由 「パクチーハウス東京」佐谷さんの「破壊的セカンドキャリア」

4/8(日) 7:00配信

withnews

 パクチーブームの火付け役であり、牽引役として人気を博したパクチー料理専門店「パクチーハウス東京」が、3月10日に店を閉めました。アイデア満載のメニューと独自の店づくりで、国内外のファンから熱烈支持を受けたパクチーハウス。連日満席だったのに、閉店したのはなぜなのでしょうか。お店の代表に話を聞きました。(ライター・夏目みゆ)

【画像】パクチー料理、パクパクピッグパクポークビッグパクパクパクポークとは?

世界初のパクチー料理専門店

 パクチーだけのかき揚げ「パク天」に始まり、正式名をしっかり口に出して伝えないと注文できない、「パクパクピッグパクポーク ビッグパクパクパクポーク」(その正体は、豚バラやわらか煮込み中華風ソースのパクチーのせ)。

 ミントではなくパクチーが「これでもか」と入っているモヒート「パクチーもヒートアップ!」。

 さらには、「追パク(ついパク)」と注文すると、その声の大きさで盛りが変わる、トッピング用のパクチー。

 パクチーブームのずっと前、2007年にオープンした世界初のパクチー料理専門店「パクチーハウス東京」のユニークなエピソードは、数知れません。

 ともかくこの店には、パクチー料理しかない。言い換えれば、ここに来ればパクチー料理が食べられる。しかも、どうやら一度行ったら、味はもちろん、なにやら店そのものにやみつきになってしまうらしい。噂が噂を呼び、オープン1カ月で、同店目当てに愛媛から上京するお客さんが登場したほどです。

 「この店の商圏は、半径2万キロなんです」と話すのは、パクチーハウス東京のオーナー・佐谷恭さん。地球1周が約4万キロなので、地球全体を商圏にしていることになります。事実、メキシコやイタリア、オーストラリアなど、世界各地から来店する人もいたそうです。

「場づくり」に目覚め会社を辞める

 パクチーのイメージがあるタイ料理にだって存在しない、パクチーをメインに食べる「パクチー料理」というジャンルを最初に生み出したのが、佐谷さんです。

 旅が大好きだった佐谷さん。世界を旅する中で、どの国でもパクチーを見かけるのに、当時の日本では、ほとんど出合えないことに疑問を抱き、自ら「日本パクチー狂会」を立ち上げ、会長に就任します。

 パクチー普及活動と称して、居酒屋やレストランで外食するたびに、「パクチーを出せば、あの空席はすぐに埋まる」と、その店の店長や料理長に話していたそうです。

 そんな時、佐谷さんは、あるきっかけで勤めていた会社を辞めることにしました。

 それまでも何度か転職を経ていた佐谷さんは、ここで、自分に「できること」と「したいこと」を約半年にわたり考え続けたとか。その結果、自分にできることは「飲み会の乾杯」くらいしかないことに気付いたそうです。

 その延長線上にあるのは「場づくり」だと考え、人と人をつなげたり、人の活動を応援するような場をつくりたい、と思った時に、そのアイデアが「パクチー」と結びつき、「パクチーハウス東京」の構想が生まれました。

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最終更新:4/8(日) 7:00
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