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新幹線の建設現場に防空壕15カ所 長崎、爆心から1.8キロで次々確認 「被爆の跡ない」市は取り壊しへ

4/13(金) 10:52配信

西日本新聞

 長崎市天神町の九州新幹線西九州(長崎)ルートの建設現場で、戦時中の防空壕(ごう)が15カ所確認された。被爆直後などに多くの市民が避難したとみられるが、市は「被爆の痕跡が残っておらず、保存する特段の理由もない」として壕の穴埋めや撤去を認め、建設を進める鉄道・運輸機構九州新幹線建設局(福岡市)が工事を続行する方針。壕は来年中に姿を消す見通しだが、市民からは保存や調査を求める声が上がっている。

⇒【画像】防空壕が確認された新幹線の工事現場

 防空壕は空襲から身を守るため、各家庭や町内会などが掘った。今回見つかった防空壕は爆心地の南約1・8キロ、被爆当時の地名では銭座町2丁目。「長崎原爆戦災誌」によると、銭座町1丁目を含めた銭座地区全体で約480世帯2350人が住んでいたが、原爆投下で建物が全壊、全焼する壊滅的な被害を受けた。

崖下や斜面に掘られた壕が次々に

 機構によると、現場は新幹線新長崎トンネルの出入り口付近に当たり、現在のJR長崎駅から約400メートルと近い。機構がトンネルや高架橋などを建設するため、昨年7~12月に家屋や店舗を撤去したところ、崖下や斜面に掘られた壕が次々に見つかったという。大きさは幅0・7~1・3メートル、高さ0・8~1・6メートル、奥行き最大4・9メートル。いずれも家庭用として掘られたとみられ、近年まで個人宅の物置として使われていた壕もあったという。

 機構は順次、壕を削ったり埋めたりする作業を進め、来年中に完了する予定。2020年度には線路や関連設備の工事を終え、22年度に武雄温泉(佐賀県)-長崎間の暫定開業を迎える。

「被爆時物語る遺構」 市民団体は保存求め活動継続

 長崎市が今回の防空壕を保存しない理由は大きく二つ。残すべき被爆遺構の“線引き”を定めた被爆建造物の取り扱い基準と、古い壕が崩れる恐れなどの安全性だ。市は「当時、どこにもあった防空壕の一つ」との認識だが、複数の市民団体は「爆心地に近く市民らが避難した可能性がある貴重な遺構」として保存を要望。合同でシンポジウムを開くなど、今後も活動を続ける方針だ。

 市が保存の可否を判断する材料の一つにしているのが「市被爆建造物等の取扱基準」。基準では「熱線や爆風など原爆の痕跡が認められるもの」「痕跡はなくても、当時の社会的状況を示唆するもの」を保存対象と定義。市の説明では、今回確認された防空壕に熱線や爆風など原爆の痕跡はなく、軍事施設や重要施設のような「社会的状況を示唆」するものでもないと判断したという。

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最終更新:4/13(金) 15:51
西日本新聞