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教師経験が野球につながる 元日本ハム松浦宏明氏2

4/13(金) 11:01配信

日刊スポーツ

 「ゼロ戦のマツ」こと、元日本ハム投手の松浦宏明さん(51)は、第2の人生をゼロから考えた。球界を離れて1年間、じっくりと「やりたいこと」を検討した。

 松浦さん(以下、敬称略) 職業の本などを見ていて医療関係に目が止まりました。私も現役時代に肘、肩を痛めたとき、治療しても完全にはよくならなかった。でも西本聖さんに紹介して頂いた東洋医学…鍼灸の先生に完全以上に治してもらった。その先生が頭をよぎりました。医療の知識があったら、野球の指導をしていく上でも役に立つ!と考えました。

 横浜駅に近い医療専門学校に通い、整体師とスポーツトレーナーの資格を取得した。通学している期間中に、横浜市内に「松浦整骨院 松浦スポーツケア」を開業した。

 松浦 専門学校の学園長に勧められたんです。「治療院を出してみないか。バックアップするよ」と。そこで学校に通いながら治療の仕事を始めました。

 同院での仕事は7年間に及んだ。一緒に働いていたスタッフに後を託し、松浦さんは治療院から離れた。

 松浦 治療の勉強もしたし、なぜスポーツ障害になってしまうのかを、野球の指導に活かしたかった。7年間をひと区切りとして、学んできたことを次の仕事につなげました。

 手塚一志氏が代表を務める「上達屋」と契約して、指導の仕事を始めた。上達屋では、野球をはじめ多種スポーツのアスリートが競技力向上を目指す。ホームページでは「“理にかなったカラダの操り方”を見つめ直し磨くことにより、あなた本来の能力を引き出し向上させます」と説明されている。

 手塚氏は日本ハムでトレーニングコーチを務めていた経験も持つ。当時は同僚としてコーチと選手として在籍していた。

 松浦 コーチと選手という間柄だった時期もあり、手塚さんのやっていることは知っていました。スポーツ医学を勉強して活かしている指導で、私もやってみたいと思った。マニュアルも根拠のある理論もしっかりしていて、細かいわかりやすい指導で、指導法が私には合っていました。

 元プロ選手による、自身の経験や感覚に基づく指導とはひと味違っていた。身体の使い方、理にかなった指導を学んでいった。

 上達屋には6年間在籍した。その後の経歴は多種多様である。

 中国のプロ野球チーム、上海ゴールデンイーグルス、江蘇ペガサスでコーチを務めた。その間には日本で野球教室や、選手の個人指導なども行っていた時期もある。

 松浦 中国には縁があって、上達屋時代から年に5回ぐらい行っていたんですよ。上海に1年いて、日本に戻って野球教室をやっていたんですけど、江蘇に誘ってもらい、また中国へ行きました。

 2015年には、学生野球資格回復研修を受け、アマチュア資格を回復した。翌年には船橋市教育委員会から委託され、母校の湊中学校で外部指導員を務めている。その他の学校にも出向いて、野球部を指導してきた。千葉県の中学女子野球選抜チーム「千葉マリーンズ」で、アドバイザー兼コーチという肩書もある。また、中国の女子チーム、上海スーパーガールズ(SSG)の顧問を務め、現在も指導にあたっている。

 松浦 いろいろなことをやったけど、すべて自分のスキルアップに、いい影響が出ていると思います。まったく違うことをやっているようで、根本ではつながっている。野球であり、教育であり。

 2017年9月からは東京コミュニティスクールの教員になった。幼児、小学生を対象とした全日制のマイクロ・スクールで、現在は体育と算数を教えている。

 野球から離れる仕事になった。なぜ、教育の道に入ったのだろうか。

 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

 松浦 中学生の部活を指導していて感じたんです。中学生って思春期で難しい時期でしょう。野球に集中できない。これは野球だけの問題じゃないなと、教育について考えるようになりました。

 受験への不安や、家庭や友人との関係に悩む。不登校になる生徒もいたという。

 松浦 昔の野球部なら、仲間がいじめられたら「やり返しにいこうぜ!」という雰囲気だった。でも、今は仲間がいじめられていることにも気付かない。ある部員が不登校になっても、他の子は「来たくないなら仕方ない」って。野球に熱心な子はシニアやボーイズに入るから、部活のモチベーションは上がらない。高校野球をやろうという意欲も感じない。

 グラウンドでの指導だけでは限界があると感じた。

 松浦 何とかならないのかなと思っても、私のスキルとして足りない部分だと痛感しました。

 野球の技術、トレーニング、身体のケア。さまざまな勉強を重ねてきた。ただ、それ以前の人間形成、教育という部分への関心度が高まっていった。

 そんなとき、知人を通じて東京コミュニティスクールの理事長に出会った。

 松浦 「1度見に来たら」と誘われて見学し、第一印象で「これが教育なんだ!すごい!」と思いました。勉強だけではなく、生徒とともに探究心を深めていく。例えば「テーマ学習」に多くの時間を割きます。テーマを見つけて何週間もかけて学んでいく。テーマによって算数も社会も理科、美術など、あらゆる教科概念が含まれる。各教科に分かれて学ぶだけではない。知識だけの習得とは違い、着実に成長し、生徒と教師が学べるスクールなんだと思った。

 テーマ学習について、同スクールのハンドブックから引用して補足したい。

 「テーマ学習では、人生のための学び(LearningforLife)という観点を重視し、私たちが生きていく上で欠かすことのできない6つの探究領域を設定し、教科融合型(transdisciplinary)で学びます」

 松浦さんは、ここで教員になる道を決心した。

 松浦 実はプロを辞めた時の選択肢で、教員もありました。教育に興味は持っていた。その時は医療を選んだけど、たまたま、ここで道がつながったんです。

 現在は体育と算数を受け持つ。生徒からは「まっつん」と呼ばれて親しまれている。

 東京コミュニティスクールでは、例えば4年生でも、算数が得意な子は5年生の勉強に進むという。歴史が好きで、高校生の検定を受けている生徒もいるという。

 松浦 楽しいことを突き詰めていくんです。決められた単元だけでなく、できるなら先へ進んでいく。だから子どもたちの興味が強いと思いますよ。野球で言えば、打撃が好きなら、とことんバッティング練習をするという感じでしょうか。決められた練習にしばられない。知り合いの小学校の先生にも「本来やりたいと思っている授業ですね」と言われました。

 50歳を超えて、まるで別の世界に入った。

 松浦 いや、私の中では野球とつながっています。子供の考え方や気持ちの動き、すべて参考になります。今も週末は野球を指導していますが、とても役だっていますよ。野球も自分で課題を見つけ探究し、自分をふりかえり、考えて行動しなければ一流選手にはなれない。このスクールの子供を見ていると、先々が楽しみですよ。

 ちょうど、野球をしている男子生徒が通りかかった。松浦さんが「将来はプロ野球選手になるんだよな」と話し掛けると、その子は「うん」と言いながら笑顔で近づいてきた。私は、未来のプロ野球選手に握手をしてもらった。

 生徒が帰った後で聞いた。松浦さんの未来は、目標はどこにあるのか。

 松浦 目標は立てていない。これまでも目標というより、やりたいことが仕事に結び付いている。流れに任せて、日々子供から教えてもらったり、学ばせてもらっている。その都度、縁があってやってきた。野球をやめてから20年間、それぞれで自分のスキルアップにつながっていると思う。これからもスキルの幅を広げて、それを子供にも野球の指導にもつなげ、活かせることができたら良いなと思います。

 取材が終わった時間には、もう生徒は誰もいなくなっていた。やけに静かで、さびしくも感じた。

 「ゼロ戦のマツ」…いや、「まっつん」に見送られて、多くの人でにぎわう中野駅に向かった。【飯島智則】

最終更新:4/14(土) 19:15
日刊スポーツ

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