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<18歳の選択>親子船で未来へ修業 地元一の漁師目指す

4/14(土) 12:44配信

河北新報

 宮城県南三陸町戸倉地区で今春、地元高校を卒業した菅原遥人(はると)さん(18)が漁師として新たな一歩を踏み出した。町は東日本大震災の津波で深刻な打撃を受け、今も復興に向けた営みが続く。「勇ましい海の男になりたい」。漁師一家の後継者として、家業と地域産業を支える覚悟だ。

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 カニ漁が盛期を迎えた町内の志津川湾。遥人さんは今月上旬、所属する波伝谷(はでんや)漁港を小船で出航し、父親の幹生さん(41)と1キロ沖の漁場に向かった。前日に仕掛けたかごを引き揚げ、餌を付けて海に戻す作業を繰り返した。

 親子二人で力を合わせ、船上のかごはカニで満杯に。「今日は豊漁」と幹生さんが汗を拭うと、遥人さんも「また海に出るモチベーションになる」と笑った。

 幼いころから親しんできた海が仕事場になった。親子とはいえ甘えは許されない。今は幹生さんの動きを見て、漁の基本を覚えることで精いっぱいだ。

 姉、妹の3人きょうだいの長男。海沿いにあった自宅は津波にのまれた。幸い家族は全員無事だったが、昨年、ベテラン漁師の祖父栄一郎さん(69)が入院した。

 「後を継ぐのは自分しかいない。力仕事の漁は人手がいる」。家を出て就職することも考えたものの、海で生きる道を選んだ。

 地場産業に乏しい町内では、高校卒業後に地元を離れる若者が少なくない。幹生さんは「息子が継いでくれて安心した。大変な分、見返りはある」と話す。

 地元漁協によると、戸倉地区の漁師は259人。震災前に比べて3割近く減少した。波伝谷漁港では遥人さんが最年少だ。次代を担う若手に周囲が寄せる期待も大きい。

 現在、菅原さん一家は、栄一郎さんが40年近く前に始めたカキやワカメ、ホヤの養殖に取り組んでいる。インターネットを活用した販売も視野に入れているという。

 「津波で全てが失われたわけではない。地元で一番の漁師になり、戸倉の知名度を広げたい」。遥人さんが夢を膨らませた。

最終更新:4/14(土) 15:26
河北新報