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吉永小百合、衝撃受けた高倉健さんとの出会い 俳優魂を見せつけられた極寒地の「ロケ弁」

4/14(土) 16:56配信

夕刊フジ

 【私だけが知っている女優・吉永小百合】高倉健さんとの出会い

 TBSの3時間ドラマ「海は甦える」(1977年)で共演した吉永小百合(73)と大竹しのぶ(60)。2人はこのドラマより前、75年の映画「青春の門」で共演している。

 大竹は75年のNHK連続テレビ小説「水色の時」のヒロインを18歳で演じ、爆発的な人気を得た。この番組は平均40・1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)という驚異的な視聴率をマークしている。

 外遊で日本を留守にされた昭和天皇が、側近に「ビデオに必ず録画するように」とお命じになったというエピソードもあるほどのフィーバーだった(余談だが、当時はまだホームビデオはなく、宮内庁では約100万円もする業務用のオープンリール式のビデオが使われていたという)。

 そんな大竹は、小百合の後を追い続ける。「水色の時」の後、事務所の移籍を考えていた大竹は落ち着ける先を探していた。やがて小百合のマネジャーだった島田智子さんと相談するようになり、最終的に島田智子事務所に入ったのだ。

 「青春の門」が大竹に転機を与えるきっかけとなったように、小百合にとっても大きな転機となったといってもいい。

 小百合は73年の結婚を機に女優として大きくはばたくことになるが、「青春の門」は清純なお嬢さんイメージの殻を破ることになった。

 そして、昭和の動乱期を描いた映画「動乱」(80年)では、高倉健との共演で大きな衝撃を受けることになる。

 「動乱」の雪原でのロケでのエピソードを、今でも小百合は機会があるたびに話す。

 俳優やスタッフがマイクロバス内でランチをしていたら、健さんだけがバスにいない。外を見てみると、なんと健さんは寒風のなかで一人黙々と弁当を食べていたのだ。

 小百合が、健さんに「なぜ、バスの中で一緒に食べないのですか?」と尋ねると、「これから極寒のなかで撮影するのに、体が温まっていたら臨場感を出せない」と答えたという。

 小百合は、ストイックな健さんから俳優に必要なリアリティーを学んだのである。(フリーライター・中野信行)

 ■吉永小百合(よしなが・さゆり) 本名・岡田小百合。1945年3月13日生まれ、渋谷区出身。59年に映画「朝を呼ぶ口笛」でデビューし、公開中の「北の桜守」で映画出演120本目を記録。62年の映画「キューポラのある街」でブルーリボン主演女優賞を最年少(17歳)で受賞。20万枚のヒット曲となった「寒い朝」など歌手としても活躍。73年に15歳年上のフジテレビのディレクター岡田太郎氏(元共同テレビ会長)と結婚。2006年、紫綬褒章を受章。団塊の世代を中心とした熱烈なファンは「サユリスト」と呼称されている。

最終更新:4/14(土) 16:56
夕刊フジ