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<熊本地震2年>亡き父母思い「泣かんごつ」益城の松野さん

4/14(土) 13:29配信

毎日新聞

 遺族代表であいさつした松野良子さん(61)は2016年4月16日未明の本震で、熊本県益城町の実家が全壊し、生き埋めになった母ミス子さん(当時84歳)を亡くした。

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 松野さんは高齢の両親の世話をするため日本語学校の職員の仕事を辞め、15年夏に東京から帰郷。31年ぶりに親子で暮らし始めた10カ月後、思いもよらない災禍に見舞われた。

 14日夜の前震で被災し、車中泊していた16日午前1時25分、すさまじい揺れで目を覚ました。揺れがおさまって車を飛び出すと、両親が眠る実家は崩れ落ちていた。真っ暗闇の中で必死に助けを求めた。駆け付けた消防隊が両親を運び出したが、ミス子さんは助からなかった。

 地震後は少しでも逃れようと同県合志(こうし)市のみなし仮設住宅に避難したが、85歳だった父健(たけし)さんはショックに打ちひしがれていた。「お母さんは4月16日に死んなったろ? 嵐の晩だったもんね」「嵐じゃなくて地震だったつよ」「ああー、あの地震はふとかったもんね! お母さんな、おんならんたいなあ!(いないんだよな)」。親子で幾度となくそんなやり取りを繰り返した。

 地震から1年3カ月後の昨年7月、健さんは老衰で死去。63年連れ添った妻を亡くし、60年住んだ家も失って「失意の毎日だったろう」と松野さんは父の無念を思いやる。崩れた家は大工だった健さんが腕を振るった自慢の一軒だった。

 帰郷して両親と過ごせた10カ月が、せめてもの救いだ。ミス子さんと久しぶりに作った「いきなりだんご」の味は忘れられない。

 現在、実家跡で自宅の再建を進めている。家族のよりどころの自宅再建こそが復興への一歩。そう信じている。7月に完成する予定だ。一室には全壊した実家から見つかった、ミス子さんが幼いころ描いたクレヨン画と、健さんが書いた家の設計図を額縁に入れて飾ろうと思っている。

 この日の追悼式には込み上げる思いを抑え「泣かんごつ」して臨んだ。両親へのあふれる思いと愛する古里への気持ち、復興への願いを飾らない言葉で読み上げて、無事に大役を果たした。【城島勇人】

最終更新:4/14(土) 18:13
毎日新聞