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大谷、羽生両選手にみる昭和生まれのスターとの違い

4/14(土) 5:03配信

日刊スポーツ

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

 MLB大谷翔平選手と男子フィギュアスケート羽生結弦選手の活躍をみていると、昭和生まれの40代の団塊ジュニア世代の記者は、つくづく時代が変わったと実感します。

【写真】メドベージェワと宇野と一緒にはしゃぐ羽生

 大谷選手や羽生選手の成功の理由は、多くのメディアで解説されていますが、2人に共通する1つが「私生活のつつましい」です。2人とも世界的な成功を収めて、スポンサー契約も含めて大きな収入も得ていますが、派手な遊びもしなければ、高級車に乗り、高級ブランドの服を着るわけではありません。

 とにかく野球、フィギュアスケートが大好きで、気晴らしもゲーム程度。ほかのことに関心を向けずに、ひたすらボールを握ったばかりの野球少年や、リンクに立ったばかりのスケート少年のように、競技にだけ夢中でいるところ。そこが、大きな成功を成し遂げても、現状にとどまらずに日々鍛錬する生き方につながっていると、たたえられています。

 思えば、昭和生まれの私たちには、2人のようなスターはあまりなじみがありませんでした。私の世代の代表的なスーパースターといえば、野球の清原和博選手とサッカーの三浦カズ選手。フィールドでは圧倒的な実力を発揮して、試合が終われば高級スーツに身を固めて、両脇には美女を抱えて、ポルシェで六本木のディスコに横付け…。極端な例ですが、それがスーパースターのイメージであり、彼らだけの特権でした。

 スター選手の中には、わざと派手な生活を見せていた人たちも多くいました。彼らは「頑張ってトップを取ったら、こんな夢のような生活が送れると思わせなきゃいけないのがスターの役目。だから、安物の服で出歩いてはいけない。むしろ背伸びをしてでも華やかさを見せて、憧れられるスポーツ種目と存在にしなければいけない」と話していました。

 確かに、田舎の野球少年だった私も「野球がうまくなれば、お金持ちになって、美女と結婚できるんだ」って、本気で思っていました。当時は、それが一般的な感覚でした。今では、そんな考え方だと、むしろ“痛い人”ですよね。価値観の変遷に笑えてきます。

 あらためて振り返ると、私たち団塊ジュニア世代ぐらいから、徐々に価値観が変わっていったのかなと思います。

 我々の親の戦後の団塊世代の人たちは、貧しさからはい上がるサクセスストーリーが人生の励み、活力で、高度成長期を生み出しました。私たち昭和40年世代は、そんな団塊世代の親たちのおかげで、日本が世界有数の豊かな国に成長した土壌で育ちました。だから、清原選手のような派手な生き方に憧れながらも、小、中、高と成長していく過程で、価値観は人それぞれだと気づいていきました。

 お金持ちでも幸せにはなれない内容のドラマや映画がたくさん流れて、野球やサッカーだけじゃない娯楽もたくさん増えたことで、みんなが同じ山の頂上を目指さなくなっていきました。もはや「巨人・大鵬・卵焼き」のように、価値観を断定される時代じゃなくなりました。

 だから、大谷選手や羽生選手の感性も、よく理解できます。我々だって、野球を始めた時は、高級車に乗るための方法として、バットを握ったわけではなかったのですから。ひたすら野球が、何よりも楽しかったからです。大谷・羽生世代は、我々の世代以上に物が豊かな時代に育ちました。お金は生活に困らない程度にあればいい。それ以上に人生を豊かにする大切な要素は「好きなことを見つけて、それに夢中になること」と、多くの人が考えられる時代になりました。団塊世代の方々には「甘い」とのご指摘を受けそうですが、この生きていく上での「余裕」や「余白」の部分が、2人のような現代型のスーパースターを生んだのかなと感じています。

 21世紀に入ってから、特に大相撲界では外国出身力士が席巻し、優勝できない日本人力士との精神面の差は「ハングリーさ」と嘆かれてきました。ここでいうハングリーさは、貧しさから成り上がる意欲やエネルギーを差していました。

 だからこそ、大谷・羽生両選手の成功モデルは、今後の日本人選手の指針になっていくと思います。まだまだ世界中には、成り上がり精神を原動力にしてスターになるタイプが多いですが、生活水準が成熟した日本からは、2人のようなスタイルで世界規模のスーパースターを輩出できると証明されました。ぜひ、2人を100年に1人の天才と決め付けるのではなく、彼らの成功を後世に生かして、第2の大谷・羽生を続けて生み出していきたいものです。

 成り上がり型のスターは、栄華を極めた時にその派手な生活に溺れて本業での楽しさを忘れて、集中できなくなり、破綻する結末も少なくありません。一方、今のところ、大谷や羽生選手には、本業以外に“浮気”をするイメージは沸きません。よって全盛期の期間も長そうで、あらためて、神のごとくに一芸を極めるスーパースターの完成型かもしれないと思います。今後もワクワクが止まりません。

 ただ、やはり私はつくづく昭和生まれだなとも痛感します。2人を尊敬し、最大の感動をもらいながらも、心のどこかで「豪傑タイプ」のスターも待ち望んでいます。

 そう考えると、本業も遊びも満喫し、人の何倍もの栄光と挫折を経験し、その上で鍛錬を続けて、51歳にしてなお誰よりも楽しくサッカーボールを蹴り続けているカズ選手には、いちスポーツ選手の枠を超えた人間的な魅力を感じずにはいられません。

 そして、昔ながらのハングリーさと、その先にあった傲慢(ごうまん)の両方をむき出していた朝青龍という生々しいタイプのスーパースターには、やじ馬根性丸出しの記者として、たまらなく引き付けられていたことを、懐かしく感じてしまってもいます。

最終更新:4/15(日) 7:52
日刊スポーツ