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「大杉漣さんは一番いい時に死んだ」…北野武監督しか口にできない最高の“弔辞”

4/15(日) 11:02配信

スポーツ報知

 「すごい不謹慎だけれど、一番いい時に死んだんじゃないかなと思うんだよね」―。北野武監督(ビートたけし、71)が14日夜、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」(土曜・後10時)でつぶやいた、この一言が心の中で激しく反響し続けている。

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 同日、お別れ会「さらば!ゴンタクレ」が行われた俳優・大杉漣(おおすぎ・れん、本名・大杉孝=おおすぎ・たかし)さん(享年66)を悼んだ言葉。93年の「ソナチネ」から始まり、昨年公開の「アウトレイジ 最終章」まで全10作品でコンビを組んだベテラン俳優との惜別の場に、北野監督は黒のサングラスをかけて参列。サングラス姿は涙で腫れ上がった目を隠すため―。私はまずそう思った。弔辞も読まず、会見にも応じず去ったのも、会見したら、その場で号泣してしまう恐れがあったため。そうも思った。

 そして、同日夜放送の「ニュースキャスター」で監督が語った本音の数々が、そのまま心に響いた。

 「俺はいろいろあって、(お別れ会で)記者会見(しないで)逃げて帰ってきたけれど、役者って言うか芸人というか、すごい不謹慎だけれど、一番いい時に死んだんじゃないかなと思うんだよね。すごく不謹慎で失礼だけれど、遺族の方にはすごく失礼かもしれないけれど、役者とか芸人っていうのは、いい時でいい最期を迎えるのが一番いいんじゃないかな」。

 さらに「芸人の末路は嫌だなと思うし、一番、輝いて忙しくていい時に漣さん、いい思い出でいたって感じがして。それを言っちゃうと怒られるんだけれど。自分のことを考えれば…。うらやましいって言っちゃえば失礼だけれど、良かったねって言っちゃうね。悲しいっていうのは悲しい。俺の映画に『オーディションに落ちたらサラリーマンになる』って言って来た大杉漣さんが『ソナチネ』で当たって、最後の俺の映画の役で死んでいくなんていうのは、すごい結びつきだと思う。役者の世界からいなくなるっていうのは、悲しいと言うより、でかしたっていうかね。よくやりましたっていう気になるね」と、しみじみと続けた。

 さらに「漣さんは運動神経、いいからね。いろんなことをやったけれど。いろんな人に怒られるかも知れないけれど、良かったんじゃねぇかと思っちゃうんだよね。逆に自分の方が年上だからね。いつ、ポコッと逝っちゃうかも分からないけれど、こうでありたいっていう風に。不謹慎だよね」と、言葉をかみしめながら淡々と話し続けた。

 「ソナチネ」での出会いから四半世紀。大杉さんと10作品で最高のチームを組んできた北野監督だったからこそ口にできたコメント。確かに遺族や大杉さんを大切に思う数多くの人たちにとっては、大きな誤解を招きかねない言葉だったが、そこには監督自身の死生観が色濃く現れている。

 「俺は映画で成功してもお笑いは一生、絶対にやめない。笑いとシリアスは最大のテーマ、生と死ということでもあるんだよ」―。北野監督のその言葉を聞いたのは、1997年9月6日の深夜、イタリア・ベネチアの中華料理店でのことだった。

 その日は、大杉さんも凶悪犯に銃撃され下半身不随になったことで自死を考える元刑事役で出演した「HANA―BI」が第54回ベネチア映画祭で最高賞・レオーネドール(金獅子賞)に輝いた歴史的な1日だった。

 日本人として39年ぶり3人目のグランプリ監督となった北野監督は、今は独立騒動で、たもとを分かつ形となった森昌行プロデューサー(オフィス北野社長、65)とともに、受賞パーティーの行われたベネチア・リド島唯一の中華料理店に密着取材をしていた私を招いてくれたのだった。

 テーブルの正面に座った北野監督は、さすがにこの夜ばかりは興奮を隠せず、本音を次々と口にした。

 「俺はへそ曲がりだからさ。落ちた時の保険に『一番欲しいのは主演男優賞だ』なんて言っていたけど、そりゃ、グランプリの方がいいに決まってるよ」

 「俺は映画界のキャンサー(癌)だけど、これで世界の先陣切ってやったぞって。日本映画は一度、キャンサーが中から食いつぶしちゃわねえとダメなんだよ」などなど、普段は聞けない言葉のオンパレードに。

 ついには「(86年の)フライデー事件の時、殴っちゃった人にも今は謝りたいと思ってる。殴っちゃってごめんってさ」。11年前の講談社襲撃事件の被害者への謝罪の言葉まで飛び出して、驚いた記憶がある。

 そして、北野監督が大量のワインを飲みながら、ポツリとつぶやいたのが、「笑いとシリアスは最大のテーマ、生と死ということでもあるんだよ」という言葉だった。

 「世界のキタノ」に長年密着して分かったことが一つある。それは常に「メメント・モリ(ラテン語で『死を想え』)」という言葉を意識的に胸に刻んでいるということ。北野語録の中でも有名な「振り子の理論」=映画監督・北野武とお笑いタレント・ビートたけしは笑いとシリアスの両極端を振り子のように連れ動く存在、両方に振り切れながらも絶妙にバランスを取っている=にしても「生の喜び」の裏には常に「死の恐怖」が隣り合わせに存在しているという意識の裏返しでもあるのだ。

 実際、多くの北野作品ではビートたけし演じる主人公は自死を選ぶ。「ソナチネ」では自分たちを利用したヤクザ組織の大物たちを皆殺しにした上で拳銃自殺、「HANA―BI」では対立組織を根絶やしにした末に、ともに逃避行した不治の病の妻を撃った上で心中自殺。「BROTHER」では、追い詰められた末に取り囲んだ無数の敵の前にたった1人で飛び出し、無数の銃弾を浴びるという事実上の自死を遂げている。

 数多くの作品のラストシーンに格好悪く生き延びるくらいなら潔い死を選ぶという独自の死生観が描かれているのは事実だろう。実際、九死に一生を得た94年のバイク事故も自作の酷評に悩んだ末の潜在的な自殺未遂だったという見方が有力だ。

 そんな、北野監督の歩んできた道をずっと見てきた。だからこそ「一番いい時に死んだ」発言は、バイプレイヤーとして、まさに脂ののりきった時に突然、人生の終幕を迎えた“盟友”への羨望の気持ちまであふれた最高の弔辞だったと思う。

 北野監督は、大杉さんを失った悲しみの極致で、そう口にするしかなかった。心からそう思うし、多分、それは確かだ。(記者コラム・中村 健吾)

最終更新:4/15(日) 11:17
スポーツ報知