ここから本文です

お使いのInternet Explorerは古いバージョンのため、正しく表示されない可能性があります。最新のバージョンにアップデートするか、別のブラウザーからご利用ください。
Internet Explorerのアップデートについて

熊本地震で自宅全壊も 牛と“暮らし続けた”2年間

4/15(日) 20:21配信

ホウドウキョク

熊本県で、関連死を含め264人が犠牲になった熊本地震から2年がたち、震度7の揺れに2度見舞われた益城町をはじめ、熊本県内各地では、犠牲者の追悼式が行われた。

・必見「熊本地震で自宅全壊も 牛と“暮らし続けた”2年間」の動画

仮設住宅などに身を寄せる被災者は、4月以降、原則2年の入居期限を順次迎える。

今もなお、人々の暮らしに影響を及ぼしている中、こちらの男性は、地震で自宅が全壊。

牛の世話をするため、今も牛舎で寝泊まりしている。

熊本市南区で、およそ40頭の牛を飼っている牛島誠二さん(74)。

牛島さんは、2年前の4月14日午後9時すぎに発生した熊本地震の前震で、自宅が全壊。

自らも足を骨折し、牛舎も屋根が落ちるなどの被害を受けた。

牛島さんは「あっという間に、いろんなことが次から次にね」と話した。

およそ10年前に妻を亡くし、長女の貴子さん夫妻と孫たちと一緒に暮らしていた牛島さん。

ほかの家族は、仮設住宅に入居したが、牛島さんは1人、牛舎の中で寝泊まりすることを選んだ。

牛島さんは「事故を起こすわけにはいかん。お産でも死なせたらいかん。夜中でも(牛の)鳴き声がしたら、起きて見にいかないと」と話した。

“何かあったときのためにも、ここを離れるわけにはいかない”

それが、ここで暮らし続ける理由。

そんな牛島さんに、長女の貴子さんは「さみしいだろうなというのはあるし、不安もある」と話した。

朝と夕方に食事を届け、牛舎の仕事を手伝っている。

牛島さんが、この牛舎を建てたのは、今から41年前。

自らの意思で、この仕事を選んだ。

そして今、1人で牛舎で踏ん張っているのも、自らの選択。

牛島さんは「空白の期間が、何年か出ることは、ぜひ避けないといけない。先を目指さないと、創造的復興にはならない」と話した。

この春、中学校を卒業した孫の一暉君は「地震のあとでも、その時は骨折だったが、それが治ってからも、すぐに働いていて、尊敬しています」と話した。

牛舎の一角に設けたお風呂は、全壊となった自宅で使っていたもの。

2年後には、待望の自宅の工事が着工する予定。

牛島さんは「常に牛と共にという感じ。1歩1歩というのは、牛から教えられたみたいな」と話した。

牛島さんは、これからも牛と共に前へ進むつもりだ。

テレビ熊本/FNN

最終更新:4/15(日) 20:21
ホウドウキョク