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長崎県で暮らす被災者家族 癒えぬ傷・揺れる心 「やっと日常」古里で前を向いて/「残るか迷う」無償入居今月まで

4/16(月) 10:41配信

長崎新聞

 熊本地震の「本震」から16日で2年。長崎県と県内21市町に問い合わせたところ、県・市営住宅では現在も、被災地から逃れてきた計16世帯37人が暮らしている。被災者たちは今どんな思いを抱えているのか、生活再建は果たせたのか。二つの家族を訪ねた。
 長崎県出身で30代のA子さんは熊本市で被災した。当時、小学生の息子、妹家族と計6人で暮らしていた。誰もけがはしなかったが、家具が倒れたりしたため約1週間、車中泊を続けた。2016年4月下旬、息子と2人で母親が暮らす長崎県の公営住宅に身を寄せた。
 今でも時々、地面が揺れているような錯覚に襲われる。息子は、テレビで震災の報道が流れると耳をふさいだり、目をそらしたりする。今も「すぐに逃げられるように」と浴室の扉を開けたまま入浴する。母も子も、震災で負った心の傷はまだ癒えない。
 変化もある。地震後、感情を素直に表に出さなくなっていた息子が最近、「早くご飯にして」「お菓子食べたい」と子どもらしくねだるようになった。A子さんも、心身の不調で人と会ったり職に就いたりすることができなかったが、ようやく働けるようになった。
 地震の恐怖は生々しく残り、熊本に戻る気持ちにはなれない。息子と一緒に、これからも長崎で暮らし続けるつもりだ。「今は前を向いている。やっと日常が戻ってきたかな」。A子さんは少しだけ笑って、そう言った。

 2年前の4月下旬、長崎市の県営住宅に移り住んできた、熊本市出身の桑原日出喜さん(76)、靖子さん(73)夫妻。当時住んでいた同市のアパートは倒壊の恐れがあり、住めなくなった。古里に帰る場所は、もうない。
 日出喜さんは熊本にいる85歳と77歳の姉2人から、いつも電話で「帰ってこんね」と言われる。震災後、佐賀県内の公営住宅に避難していた同級生は古里に戻った。「家族や友達とはたまに電話をするぐらい。会って話したい」。口調に寂しさがにじんだ。
 日出喜さんは熊本に帰りたい気持ちはあるが、以前のような生活を取り戻せるのか不安に思っている。長崎市出身の靖子さんは「今の生活でもいい」と口にする。「長崎に残るか、熊本に帰るのか。今の気持ちは半分ずつ」。日出喜さんの心は揺れている。
 県営住宅に無償入居できるのは今月まで。5月からは年金から家賃を支払わなければならなくなる。それでも「2年間も減免してもらってありがたい」と夫妻。2人はしばらくの間、今の暮らしを続けるつもりだ。

最終更新:4/17(火) 10:33
長崎新聞