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初の虚子忌 七尾市中島で地元俳句結社

4/16(月) 8:45配信

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 1949(昭和24)年4月、現在の七尾市中島町を訪れた俳人高浜虚子が句会を開いた真宗大谷派蓮浄寺で15日、初の虚子忌が営まれた。虚子の六十回忌に当たることから地元の俳句結社が企画した。俳句の伝統として「花鳥諷詠(ふうえい)」を掲げ、俳壇に足跡を残した巨人と、中島との縁(えにし)に参列した20人が思いをはせた。
 虚子は49年4月29日、輪島で開かれた俳句大会に出席した帰り、弟子で、旧中島村の村長を務めた大森積(せき)翠(すい)(1893~1984年)の招きで中島を訪れた。門人20人ほどを引き連れ、駅から蓮浄寺まで、座布団が敷かれたリヤカーに乗ってきた俳人の姿は語り草となっている。
 虚子忌はこれまでも、積翠が創設した「能登ホトトギス探勝句会」が七尾市内の寺で毎年営んできた。六十回忌に当たる今年、虚子との縁を再確認しようと初めて会場を蓮浄寺に移すこととし、中島の俳句結社「風交会」に協力を仰いだ。
 法要では、江尻静哉住職の読経の後、能登ホトトギス探勝句会の本谷眞治郎会長、風交会の松本松魚(かつお)会長らが焼香した。参列者は続いて虚子が泊まった積翠の邸宅「積翠庵」を訪れた。庭に築かれた碑には、虚子が邸宅で過ごした夜を詠んだ「ここに来て今宵蛙(かわず)の声に寝ん」の句が刻まれており、参列者は描写の妙に触れた。
 一行は積翠の句碑も巡った後、蓮浄寺に戻り、虚子の軸が掛けられた広間で1人7句を詠んだ。「椿にもしのぶ往時の庵あり」など虚子が愛した椿が咲く積翠庵の情景を詠んだ句などが披露された。
 師の積翠から、虚子を中島に迎えた際の話を何度も聞かされたという、風交会の松本会長は「会員が大切な歴史を学ぶ機会になった」と話し、探勝句会の本谷会長は「後世に伝えるため、今後も蓮浄寺での開催を継続できればいい」と述べた。