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伝説の撮影監督・宮川一夫さん、名作の撮影秘話を息子と仲間が明かす

4/16(月) 22:16配信

シネマトゥデイ

 日本が世界に誇る映画監督、黒澤明、小津安二郎、溝口健二などとタッグを組んできた名撮影監督の宮川一夫さんの回顧イベント「Kazuo Miyagawa: Japan’s Greatest Cinematographer」が、ニューヨークのジャパン・ソサエティー、近代美術館、フィルム・フォーラムで現在開催中。宮川一夫さんの長男・一郎さんと長年、宮川一夫さんの撮影助手を務めていた宮島正弘さんが、4月14日(現地時間)、ニューヨークのジャパン・ソサエティーでインタビューに答えた。

【作品写真】宮川一夫さんが撮影監督を務めた名作『羅生門』

 同イベントでは、小津監督の『浮草』や黒澤監督の『羅生門』をはじめ、およそ30年間にわたり宮川さんが関わった代表的な27作品が取り上げられており、稲垣浩監督の『無法松の一生』、森一生監督の『ある殺し屋』、市川崑監督の『東京オリンピック』、三隅研次監督の『鬼の棲む館』、増村保造監督の『刺青』、溝口健二監督の『赤線地帯』といったそうそうたる作品が上映されている。

 撮影監督になる前は墨絵を学んでいたという宮川さん。モノクロ映画の時代、それは役立っていたのだろうか。一郎さんは、「父が生まれたのは明治(時代)で、あまり明かりのない時代でした。周りの環境自体が薄い墨絵のようだったと思います。それに今でも京都は、暗闇がしっかり存在し、湿気はあり、『雨月物語』のような霧が、空気の中にある感じです。だからロサンゼルスで生まれた人が墨絵をやるのとは全然違う墨絵を、父は描いていたと思います。根本には、墨絵よりもむしろ、京都の環境自体が影響したのではないかと、僕自身は最近思っています」と語り、宮川さんが親の代から京都河原町御池で暮らし、その生活にどっぷりつかっていたことが影響を及ぼしているのではないかとつけ加えた。

 『浮草』では、俯瞰の映像、土砂降りの雨のシーン、そして毎シーンごとの赤色の使い方など、小津監督が普段あまり表現しない映像が観られ、監督とも勝負して新しいものを生み出そうとしているように見える。長年宮川さんのもとで働いていた宮島さんは、「宮川さんは監督に主張するというよりは、いつの間にか、そういう風に撮っていましたね。もちろん、監督がそのシーンをどのように考えているか聞くけれど、宮川さんはそれ以上にシーンのことを考えていたと思います」と明かす。続いて、「父は監督が思い込んだものを裏切りたいタイプでもありました。宮島さんもご存知だと思いますが、それはあまのじゃくと言って良いくらい、言われたことは全然聞かないんです。もちろん、都会人でしたから、聞いているふりはしますよ、けど『やっていることは違うじゃん』ということは多々ありました。技術的なもの以前に、その性格が父の特徴を出していると思います」と一郎さん。チャンバラ映画で、宮川さんがローラースケートに乗って撮影しようとしたときも、「誰もやったことがないから!」と監督を言いくるめていたのかもしれない。

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最終更新:4/16(月) 22:16
シネマトゥデイ