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<尼崎脱線事故>無念の声、伝える 遺族ら今夏から語り部に

4/16(月) 13:10配信

毎日新聞

 兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故の現場で、遺族の藤崎光子さん(78)=大阪市城東区=が、事故を目撃した近くの主婦、吉野千春さん(56)と語り部として活動することを計画している。列車が激突したマンションでは今夏、アーチ状の屋根や慰霊碑の整備工事が完了する予定。2人は「きれいに整備されるからこそ、悲惨な現場だった事実を伝えたい」と話す。【根本毅】

 ◇東日本大震災での活動知り決意

 きっかけは東日本大震災6年の昨年3月11日。被災地の宮城県女川町を訪れ、七十七銀行女川支店勤務の長男(当時25歳)を失った田村孝行さん夫妻に出会った。同支店は屋上で従業員12人が津波の犠牲になり、夫妻らが語り部として企業の防災意識向上を訴え続ける。

 「2人の熱心さを見習いたい」。脱線事故で長女の中村道子さん(当時40歳)を亡くした藤崎さんは言う。現場にはJR西日本の社員などが訪れるが、藤崎さんの目には、手を合わせるだけで帰ってしまうように映っていた。だが、命を奪われた乗客106人と運転士の無念の声が聞こえてくる場所。「私たちの生の声を聞き、事故についてもっと知ってほしい」

 遺族らのつらい状況を伝えたいという。「JRから金もらったんだろ、持ってこい」などと言われ、不登校になった子ども。息子を失い、家族を殴るようになった父親。周囲の目が気になり、転居した人たち--。他の遺族と交流する藤崎さんにはさまざまな状況が伝わってくるが、世の中にはあまり知られていない。

 事故の風化も気になる。JR西日本に事故後入社した社員は全体の4割を超えた。JR西日本は、昨年12月に新幹線「のぞみ」の台車亀裂問題を起こした。

 「娘の死を無駄にしたくない。遺族と呼ばれる人をこれ以上つくってほしくない」。事故現場の整備工事が終わったら活動を始めようと、現場写真を集めるなど準備を進めている。

 一緒に語り部となる吉野さんも、心に傷を負ったままだ。2005年4月25日午前9時18分、線路脇の道を自転車で走っていた。「ギー」という金属がこすれるような大きな音に振り向くと、快速電車の1、2両目が猛スピードでマンションに突っ込んでいった。

 乗客の救助に当たり、苦しむ人や、既に息を引き取っていた人を目にした。今も惨状を思い出して過呼吸などに襲われる。不眠に苦しみ、心療内科に通う。「しんどいけど、ここで見た光景を伝えなくてはならない。忘れられてはいけないことだから」

最終更新:4/16(月) 14:23
毎日新聞