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「生き残ったのだから」地震で右脚失った大学生、一歩ずつ前へ 入学後2週間で生活が一変

4/16(月) 11:33配信

西日本新聞

 熊本地震の本震で、東海大農学部3年の梅崎世成(せな)さん(21)は、熊本県南阿蘇村で倒壊した自宅アパートの下敷きになり、右の太ももから先を失った。豊かな自然の中で牛や馬と触れ合えると憧れた阿蘇のキャンパスの生活は、入学後2週間で一変。将来への不安にかられながら、過酷なリハビリに耐えた。あの日から2年-。「動物に関わる仕事に就きたい」。義足で一歩一歩、前へ。

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 地震後、熊本市に拠点を移したキャンパスまで、福岡県大牟田市の自宅からバスと電車で約1時間半かかる。午前6時半に起床し義足を着けて朝食をかき込むと、7時前には家を出る。以前のような速度で歩けないから、時間に余裕を持って動くようになった。ズボンの右膝に開いた穴は「リハビリの時期に、こけまくったから」と苦笑する。

救出までの7時間、死の恐怖を感じた

 2016年4月の本震。アパート1階の部屋で、倒れた本棚に脚を挟まれた。救出までの約7時間、死の恐怖を感じた。搬送先の病院で右脚を切断する手術を受けた。左足だけで運転免許は取れるだろうか。仕事に就けるだろうか。入院中は不安ばかりが渦巻いた。

 アパートがあった「学生村」では、学生3人が犠牲になった。「生き残ったのだから、この足で頑張らなければ」。家族や周囲の励ましもあり、徐々に前向きな気持ちを取り戻した。

 リハビリは激痛との闘いだった。失ったはずの右脚に痛みを感じる「幻肢痛(げんしつう)」にも苦しんだ。転んでは立ち上がっての繰り返し。平らな道を歩けるようになると、次は階段に挑戦した。一歩、また一歩と、歩みを進めた。

「義足でも努力次第で夢はかなえられる」

 16年7月に退院。同年9月には、大学に戻った。学生仲間と17年6月、一部区域の立ち入り規制が続く熊本市動植物園の復旧ボランティアを始めた。のこぎりと金づちを握って場内の看板製作を担当。「学生のアイデアを実行できるのが楽しい」。休日は、自宅近くのコンビニへアルバイトに行く。

 街や大学で義足へ向けられる視線に傷ついたり、過剰な気遣いに戸惑ったりすることもあるが、「何事も障害者だからできないとは思われたくない」。3月に京都を4日間、1人で旅した。海外にも行きたいし、運転免許も取りたい。3年になり、就職のことも考え始めた。動物園の学芸員、農協職員…。「義足でも努力次第で夢はかなえられる」

=2018/04/16付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞社

最終更新:4/16(月) 15:02
西日本新聞