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片岡仁左衛門の一世一代 「絵本合法衢」で魅せる悪の美学

4/17(火) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL

〈一世一代〉というと、〈一生に一度くらいの、すごいこと〉という意味で使われるが、本来は〈その役の演じ納め〉という興行用語だ。今月の歌舞伎座では片岡仁左衛門が「絵本合法衢」を一世一代と銘打って演じている。

 役者の中には当たり役を、ヨレヨレになりセリフが覚束なくなっても演じ続ける人もいれば、体力的、容姿的に限界を感じたところで演じ納めとする人もいる。それぞれに美学があるが、仁左衛門は後者だ。

「絵本合法衢」での仁左衛門は2人の悪人を演じ、登場人物のほとんどを殺しまくる。歌舞伎での殺人は、やむにやまれぬ殺人とか、はずみで殺してしまったとか、殺した後で悔いたりとか、殺す側に同情の余地があるのだが、この芝居での仁左衛門の役は徹底的な悪人だ。

 それなのに、仁左衛門が殺すたびに拍手してしまうわけで、仁左衛門の「悪の美学」には、観客も共犯関係に導くだけの魅力がある。

 仁左衛門(当時、孝夫)と玉三郎は1970年代後半、「孝玉ブーム」を起こしたが、鶴屋南北作品での共演が多く、それは「南北ブーム」でもあった。70年代の文化シーンは退廃と爛熟の時代だったので、犯罪の美学を描く南北作品はそれにマッチしたが、どうも再開場後の歌舞伎座は、忠義、家族愛、勧善懲悪の「道徳的に正しい」作品が多い。

 今年は、久しぶりに仁左衛門・玉三郎コンビが復活し、3月は南北の「於染久松色読販」が上演された。2人ともヨレヨレになってまで役にしがみつくタイプではないので、南北ものを演じられるのもあと数年だろう。真面目過ぎて息苦しくなっている歌舞伎座に、「悪の美学の華」を2人でもう1回満開にさせ、退廃・爛熟も歌舞伎の魅力だと再発見させてほしい。

 昼の部は尾上菊五郎の「裏表先代萩」で、こちらも菊五郎が2人の悪人を演じている。もうひとつが真山青果原作の「西郷と勝」で、尾上松緑が西郷、中村錦之助が勝を演じる。真山青果の3部作「江戸城総攻」の中から、西郷と勝の場面を取り出して1時間ほどに再構成したものだが、後半は西郷がひとりで長々と演説していて、芝居として退屈だった。劇の構成上のバランスが悪い。

(作家・中川右介)