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死後32年 岡田有希子さんがアトリエで“復活”

4/17(火) 16:45配信

東スポWeb

 日本の現代美術界の最先端をいく「ゲンロン カオス*ラウンジ新芸術校」(東京都品川区)第1期の最優秀作家であり、第21回(2018年発表)TARO賞の次席となる敏子賞を受賞した画家、弓指寛治(ゆみさし・かんじ)氏(32)の個展「四月の人魚」が品川区東五反田にある「ゲンロン カオス*ラウンジ 五反田アトリエ」で行われている。29日まで。

 アトリエの奥に設けられたスペースには、複数の大きな絵画が展示されているが、そのモチーフとなっているのは、人気絶頂だった1986年4月8日に都内で飛び降り自殺したアイドルの岡田有希子さんだ。

「絵のモチーフとなっているのは岡田有希子さんです。(イニシャルで示した)Oというのは、彼女のことになります。彼女を通して、死と向かい合いました。きっかけは2015年の私の母の自殺です。母が亡くなってから、いろいろな本を読んでいるうちに彼女のことを知りました。その後、彼女を描こうと思って、愛知県にあるお墓にも行きました。彼女について書かれている本も熟読しました。昨年は彼女の命日に自殺をした場所に行きました」

 弓指氏は86年生まれのため、岡田さんが亡くなったときの記憶はないという。それでも、徹底的に調べ、岡田さんの人生を追体験した。

「彼女はファーストビデオの撮影で行ったスイスの山々に思いをはせてポエムを書いていました。そのポエムが刻まれた石碑がお墓にあります。『スイスの山々』というタイトルをつけた絵の中には彼女がいます」

 岡田さんも画家になることを夢見て、たくさんの絵を描いていた。

「アルプスの少女ハイジの世界を描いているものもあります。これらの絵の中に描かれているものを自分の絵の中に取り入れています。後追いすることによって親近感が生まれてきます。人というのは、死んで終わりじゃないなと思いました。死というものは、岡田さん(という存在)を超えて変えられると思いました」

「四月の人魚」展には、岡田さんを知る世代の女性も数多く足を運んでいる。死後32年という年月を経て、「輝いていたあの時代」を思い浮かべ、「ここに“復活”した岡田有希子」に思いをはせている人が多いという。

最終更新:4/17(火) 16:45
東スポWeb