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<陸自日報>宿営地狙う砲撃 事態緊迫 04年サマワ取材

4/17(火) 12:30配信

毎日新聞

 イラク南部サマワで活動していた陸上自衛隊の日報が16日に公開された。文書からは次第に治安が悪化し、非戦闘地域とは言い難い緊迫した状況が伝わる。陸自の活動初期に当たる2004年当時、現地サマワで取材したが、治安は急速に悪化し始め、陸自からの情報が遮断されたことを記憶している。自衛隊の海外派遣は今後も行われる可能性があり、今回の日報公開をきっかけに徹底した検証が必要だ。【鵜塚健】

 「我々は、戦友みたいですね」。04年4月上旬、サマワの陸自宿営地内の救護所のベッドで聞いた若手自衛官の声が今も耳に残る。

 取材のためサマワ入りして約1週間後の4月8日(現地時間、以下同)、周辺の治安悪化を受け、日本政府が退避勧告を出したため、同僚カメラマンとサマワ市内のホテルから宿営地に避難した。一時体調を崩して救護所のベッドに横たわり、点滴を受けていると、同様に体調不良で隣で横になっていた男性自衛官が親しげに話しかけてきた。「戦友」という言葉には、既に戦場にいるとの認識があったのだと思う。

 避難する直前の4月7日は、宿営地近くに初めて迫撃砲が撃ち込まれ、8日にはイラク中部のファルージャ周辺で、ボランティアの日本人ら3人が武装勢力に拘束される事件も発覚した。厳重な車両の確認、ボディーチェックを経て宿営地にたどり着くと、コンテナ内に滞在するよう指示され、宿営地内での取材は一切禁止された。

 翌9日夕方には、宿営地内に大きなサイレンが鳴り響いた。周辺からの攻撃情報が入ったとみられ、銃を手にした大勢の自衛隊員が警戒に当たった。報道陣は、コンテナの扉を閉めて絶対に外出しないよう命じられた。私は扉をこっそり開けて衛星携帯電話を外に設置。東京本社に「事態緊迫」を伝えた。

 陸自は当初、サマワで河川の護岸整備などの活動もしていたが、治安の悪化につれ、そうした地元支援活動からはやがて手を引いた。その時点で「非戦闘地域」での「復興支援活動」は消えていた。

 結局、報道陣への退避勧告は消えず、陸自側も宿営地内での取材拒否を続けたため、私たちはやむを得ず、4月中旬、隣国クウェートに退避した。

 この時期に報道各社がサマワから一斉に撤退して以降、本格的な現地取材はなされておらず、陸自の活動実態はまだ分かっていない部分が多い。

 ◇日報もとに検証を

 これまで十数回にわたってイラク入りし、紛争地取材を続けるフリージャーナリスト、西谷文和さん(57)=大阪府吹田市=は、2005年と09年にサマワ入りを計画した。しかし、最初はバグダッドの空港で、2度目はサマワの手前の検問所で制止された。現地の警官からは「中国人、韓国人はいいが、日本人は政府の許可なしで入ることはできない」と言われたという。

 今回の日報公開に関連し、西谷さんは「繰り返し宿営地を狙った迫撃砲攻撃があり、戦闘状態にあったことは明白だったが、日報が一定公開された意味は大きい。一方で安全保障関連法が成立し、危険な海外への自衛隊派遣が加速することが予想される。日報をもとにイラク派遣を徹底検証し、教訓として生かすべきだ」と話している。

最終更新:4/17(火) 12:35
毎日新聞