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不心得者が破壊、千葉のビリケンさん復活 大阪からピンチヒッターで「招福パワー」

4/17(火) 15:44配信

産経新聞

 大阪・通天閣ならぬ、千葉・流山市の利根運河の福の神「ビリケンさん」。大正2年の建立で、地元でも知る人が少ない小さな石像にすぎなかった。しかし今春、流山市が祠(ほこら)に収め、お披露目式を行って間もなく、不心得者に壊されてしまった。いたずらか酔っ払いの仕業か不明だが、現在は“治療中”のビリケンさんに代わり、大阪から黄金のビリケンさんが贈られてピンチヒッターとして鎮座。足の裏をなでられ、「招福パワー」を参詣客に振りまいている。

 ■警察が捜査

 2年ほど前、市内の所有者からビリケンさんの寄贈を受けた流山市が、「雨ざらしは気の毒」と、ほこらを作って収めたのが今年3月24日。しかし、わずか8日後の4月2日、何者かに倒され、壊れた姿で発見された。

 この日の夜、近くの流山市の「利根運河交流館」を運営するNPO法人職員が、ほこらの中にビリケン像が見えないのに気づいた。目をこらすと、高さ約40センチの像が、「BILLIKEN」と刻まれた高さ約10センチの台座ごと後ろ向きに倒れていた。

 ビリケン像は、顔中央の鼻の上部分が削り取られるように破損。像の由来が刻まれた背面の石も、数カ所がはがれるように割れていた。さい銭箱も盗まれており、県警が器物損壊と窃盗容疑で捜査している。

 市によると、修復のめどは立っていない。破損したビリケンさんは、修復のために施設に運ばれ、お披露目直後に公開中止となってしまったわけだ。

 この窮地を救ってくれたのが、本家の大阪・通天閣の「ビリケンさん」だ。大阪・通天閣のビリケンさんキャラクターの商標管理を行う「通天閣ビリケン公認事務局」が、「友だちの災難を放置できない。石像の修理中、代わりに」と、金色の「ビリケン像」を贈ってくれたのだ。このビリケン像は4月13日から、ピンチヒッターとしてほこらに収められている。

 アメリカ生まれの福の神であるビリケンさんが、流山市に滞在し始めた歴史は古く、当初は“人寄せパンダ”としてこの地に舞い降りたという。

 ■舟運から観光へ

 千葉県柏市の利根川と流山市の江戸川を結ぶ全長約8・5キロの「利根運河」は、明治23年に完成した。江戸時代、利根川に集まった北関東・東北の物資は千葉県側の川岸で降ろされ、江戸川の川岸まで陸送、再び船で江戸に運ばれた。船による直送ルートとして計画されたのが、この利根運河だった。

 しかし、完成後には東京湾乗り入れの汽船が普及、明治中期には鉄道の整備も進み、船でにぎわったのは短い間だった。そこで、運河運営会社の支配人が観光を経営の柱にしようと、足の裏をなでると夢がかなうと評判のアメリカ生まれの福の神に着目。大正2年に集客の目玉に設置したのが、利根運河のビリケンの始まりだという。

 「高さは約40センチ。台座に右から『福之神』と書かれ、現存する石造りビリケンでは日本最古とみられます」と、市流山本町・利根運河ツーリズム推進課の中山洋子さんは説明する。

 その当時から、通天閣と同じ「ビリケンさん」の名で呼ばれることになり、実は通天閣と利根運河の「ビリケンさん」は親しい間柄でもある。3月24日のほこらのお披露目式にも、寄贈者である支配人のひ孫の森田昌良さん一家だけでなく、今は悠々自適の“隠居”の身である通天閣の先代ビリケンさんらも参加。2人のビリケンさんは、足の裏と足の裏をあわせて友情を確認している。

 ■災い転じて…

 4月13日に行われた「ピンチヒッター」ビリケンの収納式には、流山市観光協会の志賀進一会長らが見守る中、市職員がビリケン像を台座に置き、腰をくさりで固定した。くさりは盗難対策というより転倒・転落防止が目的で、「くさりで福が逃げないようにする」などの隠された意図はないという。

 志賀会長は「ビリケンさん」の足の裏をなでながら。「大阪の方々の支援は本当にありがたい。災い転じて福となすとは、まさにこのこと。これを機に東西で力を合わせて『ビリケンさん』をPRしていきたい」と笑顔を見せた。(千葉総局 江田隆一)

最終更新:4/17(火) 15:44
産経新聞