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【Beyond 2020(10)】もう一度温かいコミュニティをつくり、夢だった漁師として生きる

4/17(火) 16:41配信

東北復興新聞

一般社団法人はまのね 代表理事 / 一般社団法人おしかリンク 理事 亀山貴一

1982年、宮城県石巻市蛤浜で生まれる。宮城県水産高校、宮崎大学、石巻専修大学院を修了後、母校の水産高校に教師として勤務。東日本大震災で壊滅的な被害を受けた故郷の蛤浜を再生するため、2012年3月に「蛤浜再生プロジェクト」を立ち上げる。2013年3月、水産高校を退職するとともにカフェ「はまぐり堂」をオープン。2014年4月に一般社団法人はまのねを設立。カフェのほかに、マリンレジャーや、水産業・林業・狩猟の6次産業化など様々な事業を展開。2015年2月には一般社団法人おしかリンクを設立し、牡鹿半島の情報発信やツーリズムなどにも取り組んでいる。

ー”あれから”変わったこと・変わらなかったことー  なぜ人口5人の集落に年間15,000人が足を運ぶようになったのか

妻をはじめとする大切な人たち、大好きだった故郷・蛤浜が津波に飲み込まれたあの瞬間、私を取り巻く環境はすべて一変した。あまりにも変わり果てた浜の光景は、まるで映画の世界のようだった。今でも「本当に現実だったのか」という思いが、ふと頭をよぎることがある。

この震災は、強大化した資本主義経済や、効率と分業を追い求めてきた社会が機能不全に陥ったことを物語っているように思えてならない。実際、あのときお金は何の価値もなくなった。ローンで建てたマイホーム、車、家具…あらゆるものが津波に流された。

では、そこに残ったものは何だったのか。それは、自然と共存しながら生きることの重要性、浜や集落に根付く昔ながらの生活の知恵、人の温かみ・助け合い…つまり、人間の原点のようなものだった。物質的に豊かになるにつれ、置いてけぼりにされてきたもの。私たちはそれらの重要性に、改めて気づかされたように思う。

それは、浜や東北の人たちだけではない。人間関係が希薄と言われるこの時代に、東北になんの縁もゆかりもない人たちが、仕事を辞め、貯金を切り崩しながらボランティアとして必死に私たちのことを助けてくれた。彼/彼女たちもまた、効率ばかりを追求してきた社会になんとなく息苦しさを覚え、それが限界にきていることを少なからず感じたのではないだろうか。

そうした外から来た人たちは、これまでの東北にはなかった一流のスキルや考え方を持ち込み、浜や地域に根付く資源や価値を再定義してくれた。つまり、地域資源を今の時代に合わせて「新しい見え方」に変換してくれたように思う。その結果、東北には何かに挑戦する風土が生まれ、新しいプロジェクトが次々と生まれた。

私たちの活動もそんな多くの仲間に支えられている。震災によって蛤浜の人口は2世帯・5人にまで減った。「このままでは故郷が消滅してしまう」。その危機感から、お金もなく、仲間もいない中で蛤浜再生プロジェクトを立ち上げた。その後、多くのボランティアの力を借りながら、2013年春にカフェ「はまぐり堂」をオープン。交流人口を増やすために、その後もキャンプ場やツリーハウスなど必要な事業をどんどんつくってきた。結果的に、今では年間1万5000人もの人々が蛤浜を訪れるようになっている。

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最終更新:4/17(火) 16:41
東北復興新聞