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【Beyond 2020(11)】歴史上どこにもなかった”住民ゼロ”の町で、予測不能な未来を切り拓く

4/17(火) 16:51配信

東北復興新聞

株式会社小高ワーカーズベース 代表取締役 和田智行

福島県南相馬市小高区生まれ。2005年、東京のITベンチャーの役員を務めながらUターンし、自宅と東京を行き来する生活を送る。福島第一原発事故により自宅が警戒区域に指定されると、家族とともに強制避難し、避難先を転々とする。2014年2月、株式会社小高ワーカーズベースを創業。同年4月、コワーキングスペース「小高ワーカーズベース」を開設。食堂「おだかのひるごはん」や仮設スーパー「東町エンガワ商店」、ガラスアクセサリー工房「HARIOランプワークファクトリー小高」などをオープンさせる。2016年7月の避難指示解除を受け、妻と2人の子どもと6年ぶりに帰還。

ー”あれから”変わったこと・変わらなかったことー 大多数の反対側に真実はある

震災を境に、社会における価値観の物差しが大きく変わった。日本は戦後の復興や高度経済成長を経て、豊かな社会に生まれ変わった。ただいつしか、誰かに”与えられた”モノやサービスを楽しむ暮らしが当たり前になってしまった。人に与えられたモノはどこか得体が知れなくて、儚い。そこにしがみついていても、裏切られるかもしれない。すっと手からこぼれ落ちてしまうかもしれない。来年には、全く価値がなくなっているかもしれない。僕らはあの震災で、そういうことを目の当たりにした。だからこそ、自ら”つくり出す”ことに価値や魅力を見出そうという人が増えているように見える。

同時に、”つくり出す”主体と領域も広がった。モノやサービスをつくり出す主体は、従来は企業などの巨大な組織が経済活動などを通して担うケースが多かったが、震災後は市民やNPOなどへと広がり、さらにコミュニティやまちづくりなどへと領域も広がった。誰でも価値が提供できて、人の役に立てる。そう考え、行動する風土が生まれた。

さらに、真実はどこにあるのか。それを自ら知り、判断しようとする意識も芽生えたのではないか。ここ小高をはじめ、福島は原発事故を経験した。僕自身も地元に生まれ、暮らしていながら、その恐ろしさや放射線に関する知識が全くなかった。ただ、こうした”見えない恐怖”に対しても、自分で調べ、知り、納得し、選択する重要性を学べたように思う。メディアから与えられた情報を闇雲に信じたり、学者の意見に誘導されるのではなく、周囲の空間線量を測定したり、内部被ばくの検査を受けたりしながら、安全なのかそうでないのか、自ら判断することが重要だと言いたい。

こうした経験を通じて行き着いたのが、日々世の中に生じる意見対立や二項対立は、”大多数の反対側”に真実が隠されているということだ。今でも、福島を一歩出れば「沿岸部は人が住めるの?」などと聞かれる。福島の外側は、まだそうした認識に支配されているのが現実だ。でも、真実はここに来てみればわかることだ。ここには、厳然と人の営みがある。つまり、報道などでどちらか片方に意見が寄っているときは、その反対側を見ることで真実に近づける。そういう視点をもつようになった。

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最終更新:4/17(火) 16:51
東北復興新聞