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“札付きのワル”だった男性、更生への転機 きっかけは一人の患者との出会い 今は医療現場で活躍

4/17(火) 10:42配信

西日本新聞

 長崎県佐世保市大和町の佐世保中央病院認知症疾患医療センターで働く精神保健福祉士の日和田正俊さん(29)=佐世保市黒髪町=は、中学、高校と非行を繰り返す“札付きのワル”だった。巡り合った医療の仕事での一人の患者との出会いから、今では認知症予防の講師として表彰されるまでに更生した。自分が受け入れられている喜びを知ったとき、人は変わった。

 認知症の患者や家族を問診し、アドバイスをするのが日和田さんの主な仕事だ。一方で認知症予防専門士として、病気について学び、患者と家族を支援する「認知症サポーター」の養成講座の講師を務める。国も勧奨する制度で、2017年度は829人のサポーターを育成し、佐世保市内で最多。仕事ぶりが認められ、市の福祉活動の拠点である福祉活動プラザから感謝状が贈られた。

「どうしようもない自分だった」

 柔らかな物腰と口調で患者に慕われるが、出身地の平戸市で過ごした少年時代は荒れていた。中学1年でグレて、「かっこつけたくて」たばこと酒を覚えた。制服のズボンは先輩から譲り受けた「ボンタン」で、ミニバイクに乗って遊んだ。進学した猶興館高では勉強はからっきし。8教科中7教科が赤点で、定期考査は222人中219番だったことを覚えている。ラグビー部に所属し、ナンバー8で活躍したが、引退後、非行がエスカレート。停学は3回、補導は数知れず。「どうしようもない自分だった」。他校の生徒を相手にけんかに明け暮れた。

 卒業後、母美子さんが看護師だった影響もあり、福岡市の医療系専門学校に進学した。そこで変わった。3年の時、国家資格の精神保健福祉士を取るため病院で、精神疾患の患者と寄り添う実習を体験。重度のうつ病を患った40代の男性会社員を担当した。自殺の恐れがあり、鉄格子の病棟にいた男性の悩みを毎日徹底的に聞いた。表情がなかった男性が日に日に明るくなっていく様子を見た。

「つらい気持ちを分かち合いたい」

 手ほどきを受け、世話になった病院職員の空見悦子さんに「日和田君は人の話を聞くのがうまい。向いているよ」と褒められた。高校時代「もう辞めてくれ」と教師から退学を促されるほど人に迷惑をかけてばかりいたのに、今度は「認めてもらった」のだ。一般病棟に移った会社員の男性は約1カ月半で回復し、元気に退院した。天職だと思った。

 卒業後、福岡の病院を経て2012年に佐世保中央病院に就職。結婚し、2人の子どもがいる。「患者さんに寄り添い、つらい気持ちを分かち合いたい」と話す。最近、病院で高校時代の教師に偶然、再会した。「おまえがこんなにまともになるなんて」とおいおい泣かれた。「あれだけグレていた人間が真人間になったんですからね。そりゃ、泣かれますよね」。日和田さんは照れくさそうだった。

=2018/04/17付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞社

最終更新:4/17(火) 16:37
西日本新聞