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東京生まれ東京育ちのめがね男子、鯖江でアジャイル開発しつつ都会と地方のいいとこどりを目指す:UIターンの理想と現実「福井編」

4/26(木) 5:00配信

@IT

●明治~昭和:めがね産業に着目し、世界最高水準のめがね産地に成長する

 福井県鯖江市は、めがね産業で有名だ。めがねフレームの国内生産シェア約96%を誇る産地の中心で、市をあげて「めがねのまちさばえ」をアピールしている。鯖江駅からめがねミュージアムまでの道は「めがねストリート」と名付けられており、市内のところどころでめがねを模した装飾を見掛ける。人口は約7万人。めがねの他にも漆器や繊維の生産も盛んな産業の地だ。

さばえオフィスで働く杉原氏(顔の一部であるかのように鯖江のめがねを着用)。作業用とコミュニケーション用PCに囲まれて仕事を進める

 福井県の冬は寒さが厳しい。かつて、足羽郡麻生津村庄野(現 福井市生野町)の増永五左衛門と弟の幸八が「冬の農閑期に収入を得る手段はないものか」と模索し、めがねづくりに着目し、明治38年(1905年)に大阪からめがね職人の米田与八らを招き、この地域でめがね作りが始まった。続いて東京から豊島松太郎を招いて技術向上に務めていく。

 職人から手ほどきを受けた連中を親方に据えた「帳場制」(制作グループ)を形成したことも、技術発展の促進に寄与した。活字文化の普及とともにめがねの需要は増加し、めがね作りは現在の福井市から鯖江市にも広がっていく。昭和になると加工が難しいチタン素材のめがねフレームの開発に世界で初めて成功するなど、鯖江市は世界最高水準の技術を誇るめがね産地へと成長した。

 こうした歴史を見ると、鯖江市には先見性や技術習得への熱心さ、組織力などが地域に根付いているのが分かる。

●平成:メンバーズエッジが「さとやまオフィス鯖江」を開設

 平成の今、鯖江市は企業誘致に積極的だ。2018年4月4日からはIT企業の「メンバーズエッジ」が鯖江市に「さとやまオフィス鯖江」を開設して、営業開始した。鯖江市が誘致した企業としては4社目となる。

 さとやまオフィス鯖江は、老舗旅館をリノベーションしたもの。歴史に根付いた味わいがほのかに残りつつ、建物内部にはセキュリティシステムやIT企業オフィスとして必要な設備が整備されている。

 メンバーズエッジはWeb制作会社「メンバーズ」の子会社で、2017年に設立したばかり。アジャイル開発に特化したチーム型システム開発支援を主業務とする。「エンジニアが心豊かに働ける会社を作る」ことを目指しているのが特徴だ。

 東京勤務であれば「最先端技術を駆使したやりがいのある仕事」や「高い報酬」といった価値があり、地方勤務であれば「地域とのつながり」、通勤時間が短く「ゆとりある時間」「豊かな自然」などの価値がある。一般的にこれらはトレードオフになるが、両立させようとするのが同社のチャレンジだ。東京の仕事と報酬を、地方または在宅でもできるように進めている。

 同社では目下、開発拠点となるオフィスを増やしている。これまで東京、仙台、北九州にオフィスがあり、ここに鯖江が加わった。同社には移住を促進するための制度として、移動距離(直線距離)に応じた「移住支援金」がある(最大50万円)。1メートルにつき1円。東京から鯖江市への移転なら32万円程度となる。行きだけではなく(移住を断念したときのために)戻りにも支援金を出すと定めている。

 仕事は顧客とメンバーズエッジのエンジニアがテレビ会議や情報共有ツールを駆使して進めていく。物理的には離れていながらも、常時席を並べて一緒に働く感覚だ。なおメンバーズエッジは、勤務地がどこであっても東京と同じ報酬を掲げている。

 リモートワークがデフォルトなので、オフィスは東京である必要はない。実際に同社では、東京オフィスよりも仙台オフィスや北九州オフィスの方が在籍エンジニア数が多い。代表取締役社長の塚本洋氏は「今後10年で日本の拠点を50に増やし、エンジニアは1000人に増やす」と意気込みを語る。今のところ社員は2017年4月設立時の19人から倍となる39人に増加した。2018年10月には、神戸に新しいオフィスを開設する。

●福井県で唯一人口が増加、オープンデータ活用などITにも前向き

 なぜ鯖江なのか。塚本社長は理由として、「コンパクトシティーで生活しやすい」と住みやすさ、また地域コミュニティーが充実していること、「オモロイ人、熱い人が多い」と人が魅力的であることなどを挙げた。

 加えて地方都市でありながらも注目すべきポイントを2つ挙げる。それは人口が増えていることと、オープンデータなど先進的なITの取り組みが成されていること。

 今、地方都市は少子高齢化が進み、人口が急速に減少している。どの地方都市でも4月は人口が(都会に向けて)流出する傾向がある。ところが鯖江市は人口が着実に増加に転じている。まだ微々たるものの、福井県で人口が増加しているのは鯖江市だけだ。

 オープンデータの取り組みも盛んだ。公開しているデータは185種類と多く、民間が作成したアプリは200種類。イノベーションやアントレプレナーシップなど新しい取り組みにも積極的で、女性や高齢者などが幅広く活躍するダイバーシティーが進んでいる。実際、福井県の女性の労働力率と就業率は全国トップレベル。

 塚本社長は「人口が増加に転じているなど、町に勢いがある」と鯖江市の積極性を高く評価し、オフィス開設を決めたという。鯖江オフィスは、移住と地元採用で3年間に20人の採用を目指す。

 オフィス完成発表会には鯖江市長の牧野百男氏も駆け付けた。「市民を代表して歓迎します」と喜びを隠せない様子。記者会見では「日本のシリコンバレーだなんて言うと夢物語みたいですが……」と照れながらも「目指していきたい」と語った(3回も!)。

 鯖江市はめがね産業を発展させた土壌があり、今ではウェアラブルデバイスとなるメガネの開発プロジェクトも進んでいる。オープンデータ活用やアントレプレナーシップあふれる鯖江市なら、それも夢物語ではなさそうだ。

 なによりも地方自治体は猛烈な人口減少に抗わなくてはならない。「50年後に『めがねのまちさばえは残った』と言われるようにしたい」と牧野市長は目を輝かす。

●地元の熱烈歓迎ぶりに圧倒され 鯖江の一歩を踏み出したエンジニア

 鯖江のオフィスに勤務するのは杉原貴彦氏。メンバーズエッジに転職して鯖江市に移住を決めた。東京生まれ東京育ちで、Web開発やタブレット端末のアプリケーション開発の経験がある。

 2017年8月にメンバーズエッジが主催したイベント「エンジニアの移住交流会~釣り、離島、まちづくり。『×IT』を実現する先駆者が語る“地方の可能性”」に参加してメンバーズエッジを知った。当時はまだ移住する意向はなかったものの、転職はなんとなく意識していたという。

 イベントで、メンバーズエッジが提言する新しい働き方に興味を持ち、翌月には鯖江市のオフィス開設予定地の視察にも参加した。

 塚本社長が述べた鯖江市の「自然と商業施設が適度にそろっていること」「オープンデータ活用など先進的な取り組み」に魅力を感じたという。おいしい魚と日本酒でもてなされるなど、地元の熱烈な歓迎ぶりにも心を動かされたようだ。

 はた目にはあっさりと移住を決めてしまったようにも見えるが、移住となると相当の決意が必要なはず。そのことを質問すると、杉原氏はふと思い出したようにある人のことを語ってくれた。

 「尊敬しているエンジニアの先輩が、今、地元の伊豆でフリーランスで働いているんです」――先輩の生き方が杉原氏の背中を押したのかもしれない。

 オフィスは内装に鯖江市の伝統工芸をふんだんに取り入れている。ミーティングテーブルには「越前箪笥」(車輪があり可搬式)、間接照明にはメガネ素材の「アセテート」、玄関から見えるふすまには会社のロゴをあしらった「越前和紙」、その金型は玄関に飾られている。

 まだ移住して数日もたたない杉原氏に感想を聞くと「1時間強あった通勤時間が34秒になり、忘れものをしてもすぐに戻れてしまいます」と楽しそうに話す。住居がオフィスと道を挟んだ向かいにあるからだ。

 同氏は通勤時間が激減した効果を数字で説明する。

 「通勤時間を1時間とすると、1日2時間のゆとりが生まれます。1カ月の勤務日数を20日とすると1年で480時間。どこからともなく有休が20日分でてくるようなものです」(杉原氏)

 最後に、移住を考えているエンジニアに、メッセージをもらった。

 「今はネットがつながっていれば、どこでも働けます。そうした働き方を支援してくれる会社はあるので、(移住や転職に)チャレンジするといいと思います」(杉原氏)

(取材協力:メンバーズエッジ さとやまオフィス鯖江)

最終更新:4/26(木) 5:00
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