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五輪代表になれても抱えた「不満」 朝日健太郎さんに訪れた「爆発」 ビーチバレー転向「本当の理由」

5/11(金) 7:00配信

withnews

 朝日健太郎さん(42)は、1990年代後半から2002年にかけて、「ライジング・サン」のニックネームで男子バレーボール界をリードしてきました。熊本県内の進学校を志望していた中学校時代、バレーの道を選ぶまで「ギリギリまで悩んだ」と振り返ります。その後、順調にキャリアを重ねますが「大きな失敗をしたことがない」という「悩み」もあったそうです。そんな中、起きた「爆発」とビーチバレーへの転向。転職が当たり前になった時代、朝日さんにとっての「セカンドキャリア」を聞きました。(ライター・小野ヒデコ)

【画像】「ライジング・サン」と呼ばれた男、エリート選手からの転向 朝日健太郎さん国会議員までの歩み

スポーツを始めた理由は運動コンプレックスの克服

<朝日さんがバレーボールを選んだ理由は「運動コンプレックス」の克服でした。運動よりも勉強が好きで、成績は常に上位をキープしていたそうです>

 小学生の時に身長は175cmあり、今は199cmです。「背が高い」ということは何につけても最大の強みだと思っています。両親はそこまで大きくないのですが、祖父は180cmほどあったので、高身長なのは遺伝かもしれません。

 元々は体が大きいだけで運動は苦手でした。運動コンプレックスを克服したいと思い、小学生の時に周りがしていたサッカーを始めてみることにしたんです。

 でも、屋外なので寒かったり暑かったり、時には膝をすりむいて流血するので嫌になりました。全然上手くなかったですしね。ただ、そこで運動自体を辞めようとは思いませんでした。

 中1になり、何か違うスポーツで運動コンプレックスを解消したいと思ったところ、たまたま目についたバレーボールをしてみようと思いました。バレー部の練習は週に2~3回で、スパルタとは程遠かったです。

 運動より勉強のほうが断然好きな内向的なタイプだったので、成績は10クラスある学年の中で常に上位一桁台でしたよ。ごく一般的な家庭に育ち、両親からは「勉強も運動もバランスよく」という教育を受けました。

選んだ道は勉学ではなくバレーボール

<進学校かバレーの強豪校か、進路選択ではギリギリまで悩んだという朝日さん。なぜバレーを選んだのか、今の年齢になるまで自分の中でも説明できなかったと言います>

 中学3年で身長は約190cmに。成長のスピードがとても速く、昨日はピッタリだった学生服が、翌日にはきつくなってしまったこともありました。ここまでくると、「身長がどこまでも伸び続けるのでは……」という恐怖をも感じるようになりました。

 高校受験が近づいてきた中3の冬。志望校は地元の熊本県有数の進学校に絞っていました。しかし、その年の12月に「第4回全国都道府県対抗中学大会」というバレーボールの全国大会があり、僕は熊本県代表に選ばれてしまいました。
      
 受験勉強のまっただ中だったので、そのオファーを断わったところ、「190cmも身長があるのに、何を言っているんだ!」と先生に言われて(笑)。「自分の受験のほうが大事なのに……」と思いながらも、しぶしぶ了承したんです。

 結果的に、この大会で全国的に注目され、全国の学校からバレーでの推薦入学の打診を受けるようになりました。親には進学校に行ってほしいと言われる中、15歳にして全国から推薦をもらったことの高揚感もありました。

 進路の選択はとても難しくギリギリまで悩みましたが、最終的にはバレーの道を選びました。そして、熊本市内のバレー強豪校の私立鎮西(ちんぜい)高校に入学するのですが、あの時なぜこの選択をしたのか、この年齢になってようやく説明できるようになりました。

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最終更新:5/11(金) 7:00
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