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米相場で岩崎弥太郎と接点 小野組破綻で振り出しに戻る 小野金六(中)

5/11(金) 15:40配信 有料

THE PAGE

 生糸相場に参入し、大成功を収めた小野金六の投資家としての人生は本番を迎えます。次に挑んだ米相場では思わぬピンチに陥ったときに、実業家の岩崎弥太郎に救われるといったエピソードが残されています。

 米相場から銀行、石油など、新しい事業に次々と参入していった金六の最盛期を市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。

     ◇     ◇
 甲州財閥の3巨星の1人、小野金六はエピソードの多い人ではない。明治の実業界で名を成した人との奇聞集に「小野金六、岩崎弥太郎の信に服す」という一件がある。

 ――明治9年(1876年)のこと、小野金六は静岡に恩師矢口謙斉(1817-1879、幕末から明治初めにかけての学者)を訪ねた。そこで西南戦争が勃発しそうな雲行きであることを知る。この時、小野は米を数千俵買い付け、三菱汽船で東京に運んでもらうことを口約束した。そして金六は東京米商会所(米穀取引所の前身)に売りつないだ。静岡に滞在すること数カ月、「妖雲西天をおおいて米価格、にわかに上騰す」。戦争必至の雲行きに米価が奔騰するのは金六にとっては思惑奏功である。ところが三菱汽船は持ち船をすべて政府の軍用船に提供させられて、一般の商品を積み込む余地がない。金六は嘆じていわく。

 「あの時三菱と固く約束しておけば、どうにかなっただろうに」 本文:2,192文字 この記事の続きをお読みいただくには、THE PAGE プラスの購入が必要です。

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最終更新:10/2(火) 15:15
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