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谷津嘉章が長州力を呼び捨て!? ジャパンプロレスとは何だったか…金曜8時のプロレスコラム

5/11(金) 8:04配信

スポーツ報知

 ジャパンプロレスを知っているだろうか。長州力が新日本プロレスの維新軍団を発展させて、全日本プロレスと夢の対抗戦を行うべく1984年に設立された団体。87年に長州が新日本にUターンしたことで、わずか2年4か月で空中分解した。全日本のジャイアント馬場を喜ばせ、そして怒らせた“バブル団体”。

【写真】天龍源一郎とスタン・ハンセンの龍艦砲

 このジャパンプロレスをプロレス専門誌「ゴング」(休刊)の流れをくむ「Gスピリッツ」の最新号vol.47(辰巳出版、1148円+税)が特集している。メインライターは元「週刊ゴング」編集長の“熱血プロレスティーチャー”こと小佐野景浩氏(56)。これまで唯一と言っていいほどのジャパン本「昭和プロレス維新」(2000年、日本スポーツ出版社)の著者だから、決定版だ。

 表紙は長州力と谷津嘉章。ジャンボ鶴田&天龍源一郎の鶴龍コンビから奪取した、インタータッグを肩に下げている。後ろにキラー・カーンと永源遥が写っているのが興味深い。証言者として登場するレスラーは、巻頭に谷津嘉章、小林邦昭、栗栖正伸、保永昇男、馳浩。会長の竹田勝司氏、初代社長(後に長州に禅譲)の大塚直樹氏。そして番記者の小佐野氏と元デイリースポーツの宮本久夫氏が登場している。

 ジャパンを捨てて新日本に戻った立場の長州は登場しない。長州に従わず、全日本に残り、軟着陸でジャパンを終わらせた谷津が大いに語っている。

 「あの時代に俺たちがジャパンとして全日本に上がったことで、馬場傘下に隠れてポワーンとしていた連中が目の色を変えてプロレスをやってたよ」「その遺伝子が天龍さんから四天王プロレス、そして三沢のノアに続くわけでしょ」「ジャパンプロレスの遺伝子は、ずっとノアまで息づいているんだよな」

 ジャパンプロレスは大阪城ホールを主戦場にしていた。城ホールの近くの高校に通っていた私は、85年の長州VS天龍(2・21)、長州VSハンセン(5・13)、長州VS谷津(8・5)、長州VS鶴田(11・4)を生観戦して熱くなっていた。

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最終更新:5/11(金) 8:04
スポーツ報知