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半数以上が“子ども”のロヒンギャ難民。「勉強がしたい」悲痛な生活と目指す未来

5/12(土) 11:30配信

FNN PRIME

難民キャンプで暮らす『ロヒンギャ難民』

祖国を追われた“無”国籍難民『ロヒンギャ難民』をご存知だろうか。

彼らが今住んでいる難民キャンプの中を通る道は、山を削ってできた舗装がされていない道路で、車で走ると砂埃が舞い上がる。

【画像】笑顔が美しいボリアちゃんの姿

この難民キャンプはバングラデシュ南東部に位置するコックスバザールという地域にあり、現地では、見えなくなるほど遠くまで家々が連なるように建てられていた。

その仮設の住居は山を削って造られた狭いスペースに所狭しと並んでいて、今にも崩れそうな崖の上に立っている家もあった。

ここで先の見えない暮らしを強いられているのが『ロヒンギャ難民』。

元々、隣国ミャンマー西部の地域に暮らすイスラム系少数民族だ。

なぜ難民となってしまったのか

ミャンマー国民の約9割は仏教徒。
そのため、イスラム教徒のロヒンギャの人々は宗教の違いや、肌の色が異なることなどを理由に、差別や迫害を受けてきた。

そして2017年8月、ミャンマー政府軍は少数民族ロヒンギャの掃討作戦を決行。
ロヒンギャの人々が住む村は、無残にも焼き尽くされた。

この掃討作戦によって、1カ月で6700人が殺害、5歳未満の子供たち700人以上の命が奪われたと言われている。
そして生き延びたロヒンギャの人々は、国境を接する隣国バングラデシュへと避難を続けている。

軍の許可をもらい、多くの難民が命を懸けて渡ったミャンマーとバングラディシュの国境を流れるナフ川へ向かうと、ぬかるみの中に多くの足跡が見受けられた。
難民の中には、栄養失調で亡くなる人や川を渡る途中、力尽きて亡くなる人も少なくないという。

国境を越える唯一の陸路では、逃げる際に落ちてしまったボロボロの衣類が地べたに残されていた。
彼らは一体どんな思いで生まれ育った祖国を後にしたのだろうか。
軍による掃討作戦以降、約70万人のロヒンギャがバングラデシュに避難している。

「多くの人が目の前で撃ち殺されたんだ…」

ある男の子は「多くの人が僕の目の前でロケットランチャーや銃で撃ち殺されたりしたんだ」と悲惨な掃討作戦の状況を語ってくれた。

そんな悲惨な目に遭い、故郷を追われた避難民が暮らすのが、バングラデシュ南東部コックスバザールにある難民キャンプだ。

しかし命がけで逃げてきた先でも、度々キャンプ内に野生の象が侵入するなど危険は絶えない。
2月には子供を含む2人が象に踏まれるなどして死亡した。
犠牲となってしまった幼い子供の父親は「息子は象の鼻にまかれて、地面に激しく叩きつけられて、死んだんだ」と涙を浮かべた。

これまでバングラデシュに避難したロヒンギャ難民120万人のうち、約6割の70万人が子供だ。
そんな子供たちの中には両親が亡くなるなどして身寄りのない子も多いという。

16歳と9歳の姉弟は「お父さんは射殺されました。母は、ここにたどり着いたけど病気で死にました」と語る。
別の子供にも話を聞くと「お父さんは銃で撃たれ、お母さんは刺されて死にました」と口にして、涙が溢れ出した。

家々の外には頭にまきを載せて運んだり、水の運搬をしたり、露店で店番をするなど、懸命に生きる子供たちの姿があった。

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最終更新:5/12(土) 11:30
FNN PRIME