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母失った姉妹、「3人のお父さん」に育てられ 四川大地震から10年

5/12(土) 12:25配信

東方新報

【東方新報】10年前の5月12日、中国・四川省(Sichuan)で起こった大地震は、たくさんの人の人生を変えてしまった。

【写真】姉妹は立派に成長しました

 馮邦武(Feng Bangwu)さん一家は、地震で娘たちの母親を失い、家も倒壊してしまった。しかしこの10年間、雪梅さん(22)と小雁さん(20)姉妹は、馮さんとさらに二人の「お父さん」に支えられて成長した。

 父の馮さんは地震当時、炭坑で働いていた。2008年5月12日午後、同僚は先に坑道に入ったが、馮さんはタバコを1本吸ってから後に続こうと考えていた。その時、地響きが聞こえ、地面が揺れ始め、揺れが徐々に大きくなり、坑道の入り口がみるみる間に変形してしまった。

 同僚たちを助け出そうにもままならず、避難した。すぐに家族のことが心配になり、何とか家の近くにたどり着いたが、発見した妻はすでに息絶えていた。頭に大きな傷を負っていた。馮さんは妻を葬れないまま、娘たちが通う学校へと走った。

 娘たちの泣き声を聞いた時、やっと一息つけたという。一体何が起こったのかわからなかったが、後になって、四川が大地震に見舞われ、壊滅的な被害を受けたと知ったのだという。

 地震から何日か過ぎ、馮さん一家はがれきの山となった村を離れ、ほかの被災者とともにあてもなく歩き始めた。

 ■教科書朗読する子どもの声が、掘っ建て小屋から

 道中、バナナの葉と木を使って掘っ立て小屋を作り、親子3人で住み始めた。震災時は小学6年生だった雪梅さんは、がれきの中から国語の教科書を探してきて、掘っ立て小屋の中で気持ちをまぎらわすかのように朗読するようになった。

 当時、重慶市(Chongqing)から被災地の取材に訪れていた重慶晨報(Chongqingchenbao)鞠芝勤(Ju Zhiqin)記者は、廃墟の中から教科書を朗読する声が聞こえた時に、まずとても驚き、そして感動を覚えたという。

 鞠記者らは、けなげに勉強する姉妹に、持っていた食料や飲み物を渡した。馮さん一家は当時、毎日ジャガイモを食べて命をつないでいた。「何かあったら連絡するんだよ」。鞠記者は、姉妹に名刺を1枚渡した。

 ■「おじさん、私、勉強がしたい!」

 それから1か月ほど経った頃、鞠記者のもとに雪梅さんから電話があった。「鞠おじさん、私、勉強がしたい!」

 何とかしてあげたいと考えた鞠記者は、重慶にある恒生手外科医院の湯青(Tang Qing)院長に相談した。湯院長は、この一家を重慶に迎えることに決め、馮さんは湯院長の病院の警備員として働くようになり、娘たちは再び学校に行けるようになった。

 一家は、湯院長の病院からあてがわれた2DKの部屋に住んでいるが、この10年間、家賃は求められていない。「優しい人たちに助けてもらい、家族全員で感謝してもしきれません」と馮さんは話す。

  特に鞠記者と湯院長は、姉妹を実の父親と同じように気にかけている。生活や学業、戸籍などの問題も、3人の「父親」で一緒に解決してきた。周囲の人たちも、馮さん家族を気にかけてくれている。

 姉の雪梅さんは現在、重慶交通職業学院(Chongqing Vocational College of Transportation)で都市軌道交通コントロールを専門に学んでいる。妹の小雁さんは、湯院長の病院で看護師として働いている。雪梅さんは、「みなさんのおかげで立派に成長できました。社会に恩返しがしたい」と話している。(c)東方新報/AFPBB News

※「東方新報」は、1995年に日本で創刊された中国語の新聞です。

最終更新:5/12(土) 12:55
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