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トラウマで疑心暗鬼に…ロヒンギャ難民の“癒えない傷”

5/13(日) 11:30配信

FNN PRIME

ロヒンギャ難民の半数は子どもたち

祖国を追われた無国籍難民『ロヒンギャ』。

ロヒンギャは、仏教徒が9割いるミャンマーの西部に暮らすイスラム系少数民族。
宗教や肌の色の違いなどを理由に長年ミャンマーで迫害を受けてきた。

【画像】難民キャンプの場所は?どんな建物に住んでいる?

去年8月、ミャンマー軍により行われたロヒンギャの掃討作戦では、多数の死傷者が出る事態となった。
そのため、約70万人のロヒンギャが隣国バングラデシュへ避難。

今、難民となった彼らの半数以上が子どもたちだ。

あばら屋で生活するロヒンギャ難民たち

今、世界が最も注目する場所と言われているロヒンギャの難民キャンプ。

今にも崩れそうな崖の上にあばら屋が隙間なく建てられていて、そこでロヒンギャの人々は生活している。

取材を続けていると、同行していたユニセフのスタッフが、軍服をきた数人の集団に連れて行かれてしまった。
後に知ることとなったが、呼び止めたのは難民キャンプを管理しているバングラデシュ軍だった。

ロヒンギャに関する報道に敏感になっているというバングラデシュ。
その理由は、過去に避難してきたロヒンギャも含めると120万人もの難民をすでに受け入れていて、これ以上難民を増やしたくないという背景があるという。

事前に許可を得ていることを説明した我々は、取材を続けることができた。

そんな緊迫した空気が流れる難民キャンプで、小さな広場のような狭い空間で無邪気に遊ぶ子供達の姿があった。

彼らに話しかけると「ここで遊ぶのは楽しいよ!グラウンドは小さいけどね」と笑顔を見せてくれた。
現地で取材を続ける山中章子アナウンサーが、ミャンマーでの生活について尋ねると「うん、楽しかったよ!」と明るく話す男の子の声を遮るように「楽しくなかったよ、遊べなかったじゃん」と話す14歳のハリス君。

「ミャンマーにいた頃はボールをなくされたり、矢を打たれたこともあったんだ。石を投げつけられたこともあったよ」と悲しい表情を浮かべた。

「家を焼かれて、逃げるしか出来なかった…」

ハリス君は父親をミャンマー軍に殺され、去年8月、母親らと一緒にバングラデシュに避難してきた。
友達と別れたハリス君についていくと、同じ時期に避難してきた親戚の家でお昼ご飯を食べさせてもらうということだった。

この日のメニューは、ご飯に魚と香辛料という質素なもの。
「ミャンマーではもう少し良い物を食べていたよ」と言うハリス君の親戚に詳しく話を聞くと、食べ物は月に1度ほどの配給品で、ギリギリの生活をしているという。

食事を終えたハリス君が向かったのは、キャンプ内にあるモスクだ。
イスラム教徒である彼らは、日に5回ある祈りを欠かさない。

平和な日々を送っているように見えるハリス君だが、そんな彼もミャンマーでは、迫害を受けていた。

「たくさんの人がロケットランチャーや銃で撃ち殺されたんだ。家を焼かれて、逃げるしか出来なかったよ」

ミャンマー軍のロヒンギャへの掃討作戦によって、村は無残にも焼き尽くされただけでなく、難民の多くが日常的に被害にあっていたという。

ある男性は「ミャンマー軍は小さな子どもでも、切り殺して川に捨てたんだよ」と怒りをあらわにした。

さらにある姉妹に話を聞くと、「逃げる時に足を銃で撃たれました」と撃たれた傷跡を見せくれた。

難民の多くが想像を絶する被害を受けていた。

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最終更新:5/13(日) 11:30
FNN PRIME