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中島翔哉、リアル・キャプテン翼 ボールを枕元に、通学も蹴りながら…「本当に漫画みたいな子供でした」

5/14(月) 16:56配信

夕刊フジ

 【日本代表のジョーカー】

 週末は地元・東京都八王子市の松が谷FCでプレーし、平日には東京ヴェルディのスクールに通う。それでも満足できなかったのだろう。中島翔哉(23)は、同市立別所小学校の3年生に進級した2003年、ドリブルや1対1での突破など、個人技術を徹底して磨くクーバー・コーチング・サッカースクールの日野校に通い始めた。

 同校のスクールマスターとして指導した三澤英司コーチ(43)は当時の中島を、人気サッカー漫画の主人公に例える。

 「ボールさえあれば楽しいという感じで。休憩の間もボールを触り続けているので、ボールを取り上げないと休まなかった。ボールがトモダチという点で、まさに“リアル・キャプテン翼”でしたね。寝るときも枕元にボールを置き、ボールを蹴りながら通学していたので、先生から『危ないからダメ』と怒られたとか。本当に漫画みたいな子供でした」

 優しさも持ち合わせていた。クーバー・コーチングは子供たちをレベル分けせず、上級者も初心者も、男の子も女の子も同じクラスで学ぶ。

 「相手のゴール前までドリブルで全員を抜いた後、味方の女の子へ優しいパスを出してゴールを決めさせる。女の子に限らず、みんな喜びますよ。自分からアクションを起こすプレーが好きですけど、仲間もすごく大切にするから、翔哉は周りから愛されるんです」

 逆のパターンが、プロになってからあった。16年6月29日に行われた、U-23南アフリカ代表との国際親善試合の前半37分。スルーパスに抜け出し、相手GKと1対1になったMF大島僚太(川崎F)はシュートを打たず、左側をフォローしてきた中島への横パスを選択した理由をこう明かしている。

 「翔哉君と一緒にリオへ行きたかったので」

 右膝を痛めていた中島は、この南ア戦で約2カ月ぶりに実戦復帰。リオ五輪代表入りを、大島のアシストから決めた同点ゴールで手繰り寄せた。

 「そういう仲間は、自分にとってすごく大切だと思います」と大島へ感謝する中島は今、ポルトガルの地で言葉も文化も異なる外国人選手たちからもかわいがられている。(スポーツジャーナリスト・藤江直人)

最終更新:5/14(月) 16:56
夕刊フジ