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【門間前日銀理事の経済診断(6)】 トランプ大型減税、壮大な無駄に終わる恐れ

5/14(月) 13:40配信

ニュースソクラ

金融・財政政策に生産性上げる力あるのか

 2017年の暮れ、米国トランプ政権のもとで、税制改革法(Tax Cuts and Jobs Act)が成立した。法人税率の引き下げ(35→21%)や個人所得減税など、10年間で1兆5千億ドルという大型減税だ。さらに、当面2018~2019年について積極的な歳出増となる予算が組まれている。

 単純に考えれば、こうした財政措置は当面の経済成長率を高める。IMF(国際通貨基金)が4月の世界経済見通しにおいて、米国の2018年、2019年の経済成長率を、昨年10月時点の見通しからそれぞれ0.6%、0.8%引き上げたのも、拡張的な財政政策が理由の一つになっている。

 しかし、そのIMFも含めて、米国の財政政策を前向きに評価する声は少ない。むしろ、やや長い目で見れば、米国の財政は世界経済にとってリスク要因だという認識が広がっている。株式市場でも、昨年末から今年の初めにかけては楽観ムードが高まったが、2月初めに大きく調整した後、一進一退の動きが続いている。

 なぜ米国の財政がリスクなのか。一言でいえば、財政赤字拡大のタイミングが最悪だからである。

 米国経済の拡張期間は今年の夏には丸9年となり、来年の夏まで続けば史上最長となる。失業率も3.9%まで低下しており、FRB(連邦準備理事会)が完全雇用と考える4.5%を下回っている。PCEコアデフレータでみたインフレ率も1.9%と、FRBが目標とする2%近辺まで上昇してきた。

 こうした局面での財政赤字拡大は、インフレを加速させるリスクがある。インフレが加速すればFRBは利上げペースを速め、景気は後退に向かう可能性が高まる。

 一方、2年間の大盤振る舞いの後は財政緊縮に向かわざるをえない、という現実を企業や家計が冷静に織り込めば、最初から総需要がさほど拡大しない可能性もある。その場合は、インフレ加速は避けられるが、実体経済もさして良くならず、政府債務が増大するだけに終わる。

 また、総需要が増えたとしても、人手不足による供給制約が強まっている現局面では、国内生産ではなく輸入を増やす効果が強く出てしまう可能性もある。それにより貿易赤字が拡大すれば、通商問題にとってマイナスだ。トランプ政権みずからの財政政策のせいで、保護主義がさらに強まってしまう結果にもなりかねない。

 このように、完全雇用局面での財政拡張は、様々な望ましくない結果をもたらすリスクがある。ケインズ政策は本来的に不況時の政策なのである。

 では、米国はなぜこの局面で財政拡張に踏み切ったのか。大型減税がトランプ大統領の選挙公約であったから、というのが一番簡単な答えである。

 ただ、トランプ氏だけでなく、米国経済の中長期的な強化が必要という認識は幅広く共有されている。そして、その処方箋を減税や規制緩和に求めるのは、現在上下院で多数を占める共和党のオーソドックスな考え方でもある。

 確かに、今回の景気拡大は、長く続いてはいるがそのペースはかつてないほど緩やかである。生産性の上昇率は大きく低下しており、人手不足でも賃金が上がりにくい一因となっている。かつて財務長官も務めたローレンス・サマーズ氏は、2013年に「長期停滞」の可能性を問題提起し大きな波紋を呼んだ。

 減税を単純な有効需要の追加策としてではなく、設備投資の喚起を通じた生産性の強化策とみるならば、このタイミングで実施することも必ずしも的外れとは言えない。問題は、減税がサプライサイドの強化につながるというチャネルが、本当に働くかどうかである。

 このチャネルが働くには次の三つの条件が満たされなければならない。第一に、生産性上昇率の低下は設備投資が足りなかったせいだ、という認識がそもそも正しいことである。第二に、減税で実際に設備投資が増えることである。第三に、その設備投資が、価値を生まない無駄な投資に終わることなく、生産性上昇率を高める分野に正確に向けられることだ。

 実際には、この三条件ひとつひとつにハードルがある。最初の条件だけ考えてみても、生産性上昇率の低下の原因を巡っては様々な見方があり、設備投資さえ増えれば問題があらかた解消するという単純な話ではなさそうだ。所得格差の拡大が一因との見方もある。もしそうなら、所得格差をさらに拡大させかねない今回の減税は逆効果かもしれない。

 いずれにせよ、生産性上昇率、潜在成長率といった中長期の課題には、構造改革で地道に対応するのが王道であり、財政政策での対応には限界もリスクもある。そもそも金融政策や財政政策は「マクロ安定化策」と呼ばれている。好況と不況の振れ幅をならすことはできても、中長期的な成長トレンドを高める効果は無いか、あってもかなり不確実なのである。

 景気の振れ幅をならすという本来の役割に立ち返って考えれば、完全雇用に近い局面では、財政政策はむしろ赤字を縮小して余力を蓄えるべきである。既に政府債務残高の大きさが問題になっている中での財政拡張は、次のリセッションへの対応力を弱めてしまう。次のリセッションが深くなれば、景気循環を通じた中期的な成長率は結局下がってしまうのである。

■門間 一夫(みずほ総合研究所 エグゼクティブエコノミスト)
1957年生。1981年東大経卒、日銀入行。調査統計局経済調査課長、調査統計局長、企画局長を経て、2012年から理事。2016年6月からみずほ総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト。

最終更新:5/14(月) 13:40
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