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世界で認められている「免疫療法」が、日本で「インチキ」になる背景

5/15(火) 8:19配信

ITmedia ビジネスオンライン

 少し前、日本を代表する有名がん治療施設2つから「余命宣告」を受けながらも、回復を果たした60代の「がんサバイバー」とお話をする機会があった。

免疫治療を希望する旨を担当医に伝えたところ……

 ご本人が匿名を希望されているので本稿では「Aさん」としておくが、このAさんは2013年10月、「原発不明がん」という治療が難しいがんになった。見つけた時は既にあちこちに転移していたということで、担当医から「ステージ4」と診断され、手のほどこしようがない状態だった。

 そんな末期がん患者だった方が、いまやピンピンして楽しそうにおしゃべりをしているのも驚きだったが、それよりも衝撃的だったのは、Aさんからうかがった友人の話だった。

 Aさんが回復してほどなく、今度は古くからの友人2人が相次いでがんだと診断されてしまった。両者とも進行が早く、医師から「もう効く薬はありません」と非情な宣告をされたという。

 そこで、友人らはAさんが行った治療に関心をもった。「余命宣告」から「生還」させたのだから当然だ。調べてみると、自分たちのがんにも効果があるかもしれないという。早速、それぞれの担当医にそのことを申し出た2人だったが、返ってきたのは耳を疑うような言葉だった。

 「そういう治療を望まれるのなら、もうここには来ないでいただきたい」

 自分の「命」を握られる人にここまで言われて、逆らえるほど人間は強くはない。結局、その希望はかなえられることのないまま、彼らは帰らぬ人となった――。

●半分当たって、半分間違って

 そんな話をし終えたAさんは、時折言葉をつまらせながら、胸の奥にしまっていた不満をぶちまけた。

 「確かに、この治療は万人に効果があるものではない。でも、私に効いたのはまぎれもない事実ですし、彼らに効いた可能性もゼロではない。なにも打つ手がないというなかで、患者が自分の意志で選択したものを、脅すように潰すのは、医師として異常だと私は思いますよ」

 筆者もまったく同感だが、一方でこの担当医たちが、ここまで激しい拒絶反応を示した「背景」もなんとなく分かる。

 余命宣告を受けたAさんを回復させ、友人たちが試してみたいと望んだ治療法とは、いまもさまざまな方面からバッシングを受けている「免疫療法」だからだ。

 そう聞くと、「ああ、キノコとか食べたら免疫があがってがん細胞をやっつけるとかいう詐欺まがいのやつでしょう」「抗がん剤の副作用を嫌がる芸能人とかがダマされたやつじゃなかったっけ?」なんて思う人も多いかもしれない。

 このような認識は、半分当たっているし、半分は間違っている。

 確かに、「免疫療法」をうたって、科学的根拠のない治療を提供している悪徳クリニックが存在しているのは事実だ。そのおかげで、日本では「免疫療法=怪しい治療」という認識が社会にすっかりと定着しているわけだが、世界を見渡せば、この認識はかなり時代遅れというか、「勘違い」と言わざるを得ない。

 例えば、ゲノム研究の世界的権威として知られる、米・シカゴ大教授でもある中村祐輔氏は自身のブログでこう述べている。

 『科学として免疫療法は確固たる位置を築いたことは明白だ。日本では、いい加減な免疫療法が広がることを問題視し、憂慮している人が少なくないようだが、欧米ではいろいろな免疫チェックポイントを対象とする治療薬や多種類の免疫療法の検証が進んでいる。「怪しい免疫療法が広がることを懸念して、まともな免疫療法を抑え込む」ことは非科学的だ』(中村祐輔のシカゴ便り 2017年4月2日)

●2つの「誤解」が重なったことが大きい

 では、なぜ日本では、中村氏の言う「非科学的」なことが当たり前になっているのか。いろいろなご意見があるだろうが、個人的には「免疫療法」というものに対する、2つの「誤解」が重なったことが大きいと考察している。

 まず、ひとつ目の誤解は、「免疫療法にはエビデンスがない」というものだ。これがいかに「非科学的な言説」なのかということを、20年近く日本で免疫療法の研究や論文発表を行い、Aさんの治療も担当した瀬田クリニックの後藤重則院長が解説する。

 「免疫療法にエビデンスがないというのは事実と異なります。例えば、米国臨床腫瘍学会の論文では、免疫療法に関して6756人の患者さんを対象に18のランダム化比較試験が行われており、免疫細胞療法やワクチンが有効であったと結論づけています。

 これを日本医療機能評価機構が定めたエビデンスレベルに照らし合わせると最高位。他にも信頼のおけるジャーナルに掲載された論文など星の数ほどあります。ただ、全体をみると、医薬品のような製薬会社が行う大規模試験ばかりではないため、どうしてもエビデンスのレベルが低いと言われてしまうだけの話なのです」

 そもそも、エビデンスというものは「あり」「なし」で語られるような単純な話ではない。にもかかわらず、あたかも免疫療法にはまともな臨床試験ゼロ、科学的な論文もゼロという、「印象操作」と言ってもさしつかえない露骨なバッシングが行われているのだ。

 この逆風にさらにダメ押しのような形となったのが、2つ目の「免疫療法は標準治療と相容れないもの」という誤解だ。

 現在、日本のがん治療は、「手術(外科治療)」「薬物療法(抗がん剤治療)」「 放射線治療」という、いわゆる三大治療が主流となっており、「標準治療」と呼ばれている。そのため、免疫療法を行う医師たちは、これらの治療を否定し、まるでその効果に対して頑なに背を向けている「異端の医師」というようなレッテルを貼られることが多いが、前出の後藤院長は、これもまったく「非科学的な話」だと一蹴する。

 「例えば、抗がん剤治療を集中的に行った後に、その効果をさらに引き出すために免疫療法をやるなど、標準治療と免疫療法は連携することも少なくない。事実、私たちのクリニックにも、呼吸器、消化器内科、婦人科、放射線治療科などさまざまな領域で、がん治療を専門にやってきた医師がいますし、東大医学部、順天堂、東京医科大学などの医療機関でも、連携して治療にあたってくれることも少なくない」(後藤院長)

●「免疫療法」と聞くだけで、拒絶反応

 確かに、冒頭に登場したAさんも、もともと有名がん治療機関で化学療法を受けていたところ、友人やセカンドオピニオンの勧めもあって、瀬田クリニックで免疫療法を受け始めたのだが、そこから両方の医師が綿密に連携して、互いの効果を経過観察しながら治療にあたった。このように、化学療法と免疫療法を二者択一で選ばせるのではなく、互いのいいところを引き出し、補完し合うことが、Aさんの「奇跡の回復」につながったのだ。

 だが、残念ながらこのようなケースはまだ少なく、Aさんの友人たちの担当医のように免疫療法という響きを聞くだけで、拒絶反応を示すのが大半だ。

 「自分たちがやっている治療や、投与している抗がん剤を否定にされているような気になってしまうのでしょう。実際、週刊誌などで免疫療法バッシングをしている方をみると、ほぼ例外なく腫瘍内科、つまり抗がん剤の専門医。我々はこれまで一度だって、抗がん剤を否定するようなことを言ったことがなく、互いのいいところを生かして、ひとりでも多くの患者さんを救いたいと思っているだけなのに残念ですね」(後藤院長)

 この断絶をさらに深くしたのが、メディアである。週刊誌の中吊り広告の見出しなどを想像してもらえば分かりやすい、どうしても多くの人の関心をひくために、「薬は効かない」「医者にダマされるな」「がんは放っておけ」などの極論に走りがちだからだ。

 もちろん、断絶してしまうだけの土壌が、日本の医療界にあることも忘れてはならない。先ほど中村氏のコメントで引用したように、欧米、さらには中国まで医療界をあげて免疫療法の研究に力をいれているが、日本の大学病院や医学部でもそのような動きはおろか、専門的な免疫療法について教える体制もない。

 自分たちが大学で習わず、盛んに研究もされていないものを患者さんから尋ねられても、答えられるわけがないし、勧められるわけではない。そうなると、「怪しい治療だから止めたほうがいい」と言うのが安全だ。

 だが、このような言葉に従っているだけでは、Aさんの友人のように悔いを残すことなる。当然だ。海外へ行けば、まだ受けることができる治療があるのに、日本では「そんなおかしな気は起こさず、黙って死を受け入れなさい」と言われているのに等しいからだ。

 そうなると、生きる希望を捨てたくない患者はどうするかというと、病院を飛び出して、自力で別の手段を探すしかない。その弱みにつけこんでくるのが、「怪しい免疫療法」をうたう人々なのだ。

 では、そのような状況に追いやられた時、我々はどうやって「まともな免疫療法」を探し出せばいいのか。専門知識がなくてもある程度の見極めはできる、と後藤院長は言う。

 「少し前に捕まった怪しいクリニックの医師は循環器専門医だった。心臓にはがんはありませんので、美容外科とか、がん領域ではない医師の施す治療はおかしいと思ったほうがいい。また、がん医療の世界で何十年でもやっていれば、医師同士互いに会ったことはなくても、名前くらいは知っているものです。がん専門医に聞いてみて、『それ誰?』という医師のいるようなところは止めたほうがいいでしょう」(後藤院長)

●免疫療法を「インチキ」呼ばわりする日本の医師

 カモにされないようぜひ肝に銘じたいところだが、一方で、このような免疫療法詐欺を撲滅するには、日本の医療制度を根幹から見直さなければいけない気もする。

 これまで詐欺や悪徳商法を取材してきた経験から言わせていただければ、「詐欺師」と呼ばれる人々は、金をダマしとるため、誰が困っているのか、誰が弱っているのかを見極めて、お縄にならないよう、システムエラーの隙をつくことに長けた人々だ。

 いまの日本でここまで免疫療法詐欺が問題になっていることは、裏を返せば、日本の医療というものが、がん患者やその家族が「カモ」にならざるを得ないほど、どうすればいいのか分からないと迷い、救いを求めているということでもある。つまり、「標準治療が効かなければサヨウナラ」という日本のがん医療が皮肉なことに、免疫療法詐欺のナイスアシストをしているような状況なのだ。先ほど引用した中村氏のブログには、こんなことも述べられている。

 『国際的な環境は、「何かが起こる危険があるから、何もしない」といっているような悠長な状況ではない。「真っ当な免疫療法の科学的な妥当性を評価しつつ、怪しげな免疫療法を抑え込む」ことが、国・学会・医学研究者・医師を含む医療従事者の使命のはずだ。』(同上)

 「怪しげな免疫療法」がまん延している責任の一端は、科学的に認められている免疫療法をいまだ「インチキ」呼ばわりする日本の医師たちにもあるのではないか。

(窪田順生)