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「サタデー・ナイト・フィーバー」から40年…お立ち台で踊るボティコンOLたち

5/16(水) 16:56配信

夕刊フジ

 【ディスコファッション激闘史】

 1980年代も中盤に入ると、バブルの到来とともにイケイケなOLや社会人が遊ぶ「大箱ディスコ」がおしゃれな繁華街に続々とオープン。時代は第2次ディスコブームを迎える。

 84年、六本木に「麻布十番マハラジャ」と「エリア」がオープン。86年には日比谷に「ラジオシティ」、青山に「キング&クイーン」がオープンした。

 金ピカの宮殿を模した豪華絢爛な内装で、入り口で「黒服」と呼ばれるDCブランド風の制服を着た店員が服装チェックをしていたため、入れてもらえない客もいた。

 87年には、山本コテツや松井雅美といった「空間プロデューサー」なる肩書の業界人がもてはやされ、六本木に宇宙船が不時着したという設定の「トゥーリア」、渋谷に「Jトリップバー」がオープン。

 大理石を使った豪華なフロアではユーロビートが大音響で鳴り響き、ガラス張りのVIPルームでは芸能人や業界人が毎夜のごとくドンペリを開けて大騒ぎしていた。

 90年代に入ると、東京に「ウォーターフロント」という新たなトレンディスポットが出現する。それまで何もない埋め立て地の倉庫街だった芝浦が「ベイエリア」と呼ばれ、89年にオープンした「ゴールド」を火付け役に、湾岸ディスコブームが到来するのだ。

 そして91年、ベイエリアにあの「ジュリアナ東京」がオープンする。高さ3メートルのお立ち台の上で、ワンレンにボティコンのOLたちが“ジュリ扇”と呼ばれる巨大な扇子をあおぎながら、「ジュリア~ナァ~トォ~キオー!」と叫ぶDJの声と大音響のユーロビートに乗って腰をクネクネとダンシング。

 金曜の夜ともなるとベイエリアの最寄駅の田町駅の芝浦口には、タクシーでジュリアナ東京からゴールドへと向かう人の流れができて、ボティコンOLたちの間では、クルマだけの「アッシー君」やゴハンだけの「メッシー君」が重宝された。

 お立ち台で踊るボティコンOLの露出度はどんどん過激になっていき、ついには深夜番組「トゥナイト」でも山本晋也監督が「スッゴイですねぇ~」とジュリアナ東京を潜入リポート。

 この番組でジュリアナ東京から“荒木師匠”(荒木久美子)という素人のボティコンタレントも生まれた。 (いであつし)

 ■「アッシー君&メッシー君」 アッシー君とは女性に呼び出されたらクルマで送り迎えするだけの男。エッチは一切なし。メッシー君も食事をおごるだけの男のことで、エッチは一切ナシ。

 ■「荒木師匠」 本名・荒木久美子。ジュリアナ東京のお立ち台のフロントでボティコンにジュリ扇で踊り「ジュリアナクイーン」「扇子の女王」と呼ばれ、テレビ朝日の「トゥナイト」で山本晋也や乱一世との掛け合いが面白がられてタレントになる。

最終更新:5/16(水) 16:56
夕刊フジ