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「謝っておきたいことが…」母の告白に怒りを通り越し大笑い 元マラソン五輪代表・小鴨由水さん波乱万丈の人生

5/16(水) 17:01配信

西日本新聞

バルセロナ五輪女子マラソン日本代表 小鴨由水さんの聞き書き「人生走快3」

 小学生の私は、ちょっと要領の悪い子でした。母の祐子(さちこ)は教育熱心で、私のテストの点数をチェックし、80点以上でないと怒るのです。点数が悪いテストの答案用紙をどうするか-。私は妙案を思いつきました。

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 家に帰る前、ひとまずランドセルの普段は使っていないチャック付きのポケットにテストの答案をしまっておき、母のランドセルチェックに臨みます。それをやりすごした後、こっそり勉強机の引き出しの奥に押し込むのです。

 それで何回かはうまくいきましたが、そんな子どもだましはいずれ見つかります。母にめちゃくちゃに怒られ、泣いて謝りました。

母が「謝っておきたいことがあるの」

 そんな厳しい母でしたが、私も親になって分かりました。最初の子どもを産むと、女性には「育児の責任」というプレッシャーがのしかかるのですね。1人で無理して頑張るから、応えない子どもが歯がゆくて怒ってしまう。昭和はそんな時代だったと言えば、それまでですが、私の母が懸命に育児に向き合っていたことは間違いありません。

 そんな怖い母とも、社会人になったら対等に話せるようになりました。ある日、母が「由水ちゃんに一つ、謝っておきたいことがあるの」と言います。私は幼い頃、病弱で、風邪をひいては祖父の医院に駆け込んでいたと前回、話しましたね。その原因は、何と生後4カ月のツベルクリン検査で私が陽性だったのを、母がうっかり忘れていたからというのです。この検査は結核感染の有無をみて、陰性だったら「はんこ注射」と呼ぶ結核予防のBCG接種を受けますが、私の腕にはんこの痕はありません。

怒るのを通り越して大笑い

 「ということは、私は赤ちゃんの時、結核にかかっていたかもということ?」

 「そうなるわね」

 怒るのを通り越して、大笑いしました。母はそんな大事なことをすっかり忘れ、幼い私をせっせと海に連れていき、スイミングスクールに通わせていたのですから。そういえば、ダイハツ入社時の健康診断で、医師に「エックス線検査で胸に白い影があった。よくこんな胸で走ってるね」と言われました。結核だったのかもしれないですね。

 そんな母ですが、私にとってはずっと、一番の恩人です。だって親って、反面教師にもなるのですから。ちなみに、私の次男の壮司(たけし)は3月で小学校を卒業しましたが、悪い点数の答案も平気で見せていました。私は壮司のランドセルの中を見たことはありません。

小鴨 由水(こかも・ゆみ)

 1971(昭和46)年12月26日、兵庫県明石市生まれ。20歳で初出場した大阪国際マラソンで、当時の国内最高記録で優勝。バルセロナ五輪女子マラソン代表に選ばれ、「シンデレラガール」と呼ばれた。五輪の後は一時、マラソンを離れたが、福岡市に拠点を移して競技生活を再開。現在は障害者のランニングクラブを主宰し、福岡マラソンのゲストランナーなど多彩な活動を続けている。私生活では、パートナーの男性と4年前に死別。生命保険外交員として働きながら、2人の男の子を育てている。

西日本新聞社

最終更新:5/16(水) 17:01
西日本新聞