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監督最多春夏68勝 名将に聞く 智弁和歌山 高嶋仁監督(71)=五島市出身= 甲子園 何回行っても、また

5/18(金) 12:36配信

長崎新聞

 この夏、全国高校野球選手権大会が100回の節目を迎える。7月6日の長崎大会開幕を前に、長崎新聞は各種企画を掲載予定。第1弾は五島市出身で、春夏計3度の全国制覇、監督通算68勝の甲子園最多勝利記録を持つ智弁和歌山の高嶋仁監督(海星高-日体大)に話を聞いた。71歳の今もグラウンドに立ち、甲子園を「何回行ってもすぐにまた行きたいという禁断症状が出る。言い方は悪いが麻薬のようなもの」と表現する名将に、高校野球への思い、指導法などを語ってもらった。

 -高校野球の監督を目指した理由は。
 海星高2年の時、甲子園の大観衆の前で行進して足が震えた。あの感動は歩いた人じゃないと分からない。これを野球の後輩に味わわせたいと思った。指導者で甲子園に帰ろうと。
 -どんな選手が伸びるのか。練習や試合中は何を見るか。
 素直さがある子。自分は未熟や、下手くそやという気持ちで話を聞く子は伸びる。中学でホームラン何本打ったとか、しょうもないプライドを持っとるやつは、それをつぶさないと伸びない。うちもここぞというときは、クリーンアップより、やっとつかんだチャンスを離したくないと思っている下位の方が打つ。苦しめば苦しむほど勝った時の喜びは倍増する。

●一つ先考えろ

 -指導者として大事にしていることは。
 社会に出た時に堂々と生きていってくれれば。日々の生活に、そのための要素はいっぱいある。掃除、時間厳守、あいさつ-。トイレ掃除なんかは特にそう。汚いところこそ上級生がやる。
 -モットーは。
 特にないが、やる以上はトップを狙う。甲子園につながる練習を考えてやる。夏の大会なら、県と甲子園で各6試合、12連勝すれば優勝。それを頭に入れ、炎天下で戦い続ける体力、精神力を求める。練習は常に甲子園につながるもんやと。だから、練習で甲子園という言葉をよく出す。「そんなプレーしてたら甲子園のお客さんに笑われる」とか。甲子園は見るとこじゃない、出るとこ。
 -大舞台で活躍できる選手の特徴を。
 積極性。1球目から打てと言って、打つ子は活躍する。いい投手が5球投げたら打てるのは1球。それがいつ来るか分からないが、積極性がないと打てない。逆にうちの投手には、探りながら投げろと言う。まず直球で入るならボール。ストライクがほしいなら変化球。投手よりも捕手が大事。そして、打たれて反省する選手がいるが、結果が出た後の反省は反省じゃない。こうなるんじゃないかと思って、もう一つ先を考えろと。勝負事はそういうもん。相手の雰囲気などをじっくり見て、配球や守備位置を整えて勝負にいく。それなら、そうそうけがもしない。その辺を教えるのが指導者の仕事。
 -部活の指導の考え方も変わってきている。
 スパルタは今の世の中ではできないから、それに変わるものを探すしかない。指導者がやり方を変えないと。でもやっぱり、甘やかせたままでは強くならない。これからの指導者は大変だと思う。例えば100メートルを100本走る練習でも、ずっとやらせたらしごきになる。30本走ったら水飲んで、また走る、としたらトレーニングになる。休憩を入れて、小まめに声を掛けないと。ノックも100本、200本やるときは、何で必要なのかを一つ一つ説明する。明確なものを示して、さあやろうと。この練習が大事だから絶対に乗り切ってくれ、と。

●地元を大切に

 -チームに地元出身の選手が多い。
 うちは1学年10人で県外出身は2人までと決めてやってきた。昨年から12人で、今の部員数は34人。特待制度も寮もない。だから、いい選手はただ(特待)のところに行く。くそーって思うけど。
 -他の強豪校と比較すると少ないが。
 10人でいい。それで甲子園に行けなかったら監督のせい。3年生が全部レギュラー取ったとしても1人は補欠。大会では上級生優先。だから辞めない。頑張れば試合に出られるから。総合的なメリットも多い。例えば1時間打撃練習するとしたら、部員100人のところとうちとでは、同じ1時間でも1人当たりの練習量が違う。競争やけがの不安とか考えれば多い方がいいが、それでも少人数がいい。
 -全国ではどんな戦い方を心掛けるか。
 基本は守り。守備でボロボロになれば立て直そうと思っても厳しい。甲子園は試合の進み方が地方に比べて速い。それに慣れてピシッと守れれば、そう崩れない。
 -よく打撃のチームと言われているが。
 攻撃のチームをつくったことは一回もない。常に守り。ただ、これという投手がなかなかうちに来てくれない。だから5点取られるから6点取らなあかん。結果的に智弁和歌山は今年も強打とか、伝統の強打が生きてるとか言われる。
 -投手は以前は完投型。今は継投が多い。
 エースで負けたら言われないが“ビース(2番手)”や“シース”で負けたら文句を言われる。でも、気にしない。絶対に複数必要。甲子園で3、4人は使える投手を普段から指導者が育てていくべきだと感じる。

●最後はハート

 -公立校は練習時間が短い。自身が公立校の監督ならどうするか。
 短い時間でどう効率を上げるかを考える。全体の時間が制約されるなら、家での練習メニューも考える。これだけはやってこいと。家で練習をやっているか、やっていないかは分かる。選手の振りが鈍くて「(家で素振りを)やっています」と言ったら「俺の目が腐ってきたのか、おまえがうそをついとるのか、どっちや」と聞く。
 -強豪校を率いる重圧は。
 重圧はあるがエネルギーに変えないと。そのためには、やっぱり練習しかない。例えば夏前の追い込みでは、体をくたくたに最悪な状態にして練習試合をする。それでいい試合ができれば、あとは体調さえ整えたら負けない。甲子園で勝つためには、どんな練習が必要なのか選手も理解している。そして、最後はハート。甲子園で負けてたら「何のために苦しい練習をしてきたんか」と言う。そしたら燃える。それがええとこ。
 -保護者との関係は。
 少年野球の延長にしたくない。練習試合は一切見に来ないでと言っている。練習試合はできないことがあれば怒る。そんな姿、親に見られたりしたくない。逆に公式戦は発表の場。思い切り応援してと言う。うちの学校は預かった以上は、3年間必死にやる。
 -甲子園で通算68勝。次の目標などはあるか。
 選手が甲子園に一日でも長くいたいという思いが記録につながっているだけ。実感はない。夏の100回大会は、うちが勝つ。選抜の決勝で大阪桐蔭に負けた瞬間から、そう思っている。
 -高校野球を次の50年、100年につなげていくためには。
 河川敷とかで子どもたちが楽しそうにサッカーをやっている。あれがキャッチボールやったらなと思う。僕らの時は野球とかソフトボール。高校野球の後は、野球の面白さを子どもたちに教えるのが夢。それが第一歩。

 【略歴】たかしま・ひとし 五島市の福江中から長崎市の海星高へ進学。外野手として2、3年時に夏の甲子園に出場。日体大に進み、4年時は主将を務めた。1970年から智弁学園高(奈良)でコーチ、監督を務め、80年に智弁和歌山高の監督に就任。監督としての甲子園出場回数は両校計37回で歴代最多、戦績は智弁学園で7勝、智弁和歌山で61勝。94年の春、97年と2000年の夏は日本一。今春の選抜大会は準優勝。準々決勝で創成館に延長十回サヨナラ勝ちした。

◎記者コラム/勝負師から刺激 夢をともに

 甲子園のベンチで仁王立ちして戦況を見つめる勝負師の表情は、取材の間、ずっと穏やかだった。軽妙な口調で興味深い話をしてくれ、時間はあっという間に過ぎた。
 野球界で知らない人はいない名将中の名将。100回目の夏の企画を考え始めたとき、五島市出身の高嶋監督は絶対に外せないと思った。同時に今回は、本県高校野球界の刺激にもなってくれればと思いながら、話を聞かせてもらった。
 残念ながら、県勢は夏の決勝に進んだことがない。高嶋監督が一人で春夏通算68勝を挙げているのに対して、県勢の勝利数も春夏計64勝。もちろん勝つことだけがすべてではないが、地元チームが勝てばやっぱり盛り上がる。そのために必要な練習や日々の生活の過ごし方を、あらためて教えてもらった気がした。
 高嶋監督は今春の選抜準々決勝で対戦した創成館を何度も「ええチームや」とたたえ、離れてから50年以上たつ古里長崎の野球が「強くなってほしい」と言ってくれた。
 そんな地元が生んだ名将を倒して、県勢が深紅の優勝旗を手にする。100回目の夏、担当記者として、指導者や選手のみなさんと一緒に夢を追い掛けたい。

最終更新:5/18(金) 12:37
長崎新聞