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歌手の西城秀樹さん死去 63歳、ヤングマンなどヒット

5/17(木) 12:55配信

朝日新聞デジタル

 「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」「傷だらけのローラ」などのヒット曲で知られる歌手の西城秀樹(さいじょう・ひでき、本名木本龍雄〈きもと・たつお〉)さんが16日午後11時53分、急性心不全のため横浜市内の病院で死去した。63歳だった。通夜は25日午後6時、葬儀は26日午前11時から東京都港区南青山2の33の20の青山葬儀所で。喪主は妻の木本美紀さん。

【写真】「一万光年の愛」を歌う西城秀樹さん。つくば科学万博の開会式のリハーサルで

 55年、広島市生まれ。高校時代にジャズ喫茶でスカウトされ、上京。72年、16歳のときに「恋する季節」でデビューした。73年「ちぎれた愛」、74年「傷だらけのローラ」などが次々にヒット。野口五郎さん、郷ひろみさんと「新御三家」と呼ばれた。

 74年の映画「愛と誠」に主演し、TBSの連続ドラマ「寺内貫太郎一家」にレギュラー出演するなど、俳優としても活躍。ハウス食品「バーモントカレー」のテレビCMでも知られ、お茶の間に広く親しまれた。

 洋楽を日本語で歌うことに力を入れ、ビレッジ・ピープルの曲をカバーした79年のシングル「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」がミリオンに迫る大ヒット。両腕で「Y・M・C・A」を表現する人文字の振り付けは本人が考案したといわれ、子どもから大人まで広まり、社会現象になった。

 30代に入る頃からロックへのこだわりを見せ、83年「ギャランドゥ」以降ロック色を強めた。ミュージカルにも早くから挑戦し、「ラヴ」などに出演した。

 80年代初めからアジア公演に力を入れ、88年ソウル五輪の前夜祭では、日本の歌手として初めて韓国の公式の場で日本語で「傷だらけのローラ」を歌った。

 03年、ショーで訪れた韓国で脳梗塞(こうそく)を発症し、帰国後に入院。復帰後、新曲「めぐり逢い」(06年)を発表したり、NHK朝ドラ「つばさ」(09年)に出演したりした。11年に再発し、後遺症が残ったがリハビリに励み、16年に45周年コンサートを行った。


■西城秀樹さんの主な歩み

1955年 広島市に生まれる

  72年 「恋する季節」で歌手デビュー

  73年 「情熱の嵐」「ちぎれた愛」がヒット。このあと「愛の十字架」「傷だらけのローラ」など次々とヒット曲を出す。郷ひろみさん、野口五郎さんとともに「新御三家」と称され、このころ、芸能雑誌「明星」「平凡」のアイドル・歌手の人気投票ではしばしば上位に

  74年 TBSテレビ連続ドラマ「寺内貫太郎一家」でレギュラー出演

  77年 「ブーメラン・ストリート」「セクシー・ロックン・ローラー」がヒット

  78年 「ブーツをぬいで朝食を」がヒット

  79年 「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」がミリオンセラーに迫る大ヒット(今年5月13日付のオリコン調べ 80.8万枚)

  85年 50枚目のシングル「一万光年の愛」。米歌手バリー・マニロウと初デュエット盤「腕の中へ~In Search of Love」

  91年 テレビアニメ「ちびまる子ちゃん」のエンディング曲「走れ正直者」を歌う

  97年 25周年を記念、デビューからのビデオ「LIFE WORK 7 TREASURES」

  98年 「日中友好条約締結20周年」で、中国・万里の長城で外国人アーティスト初の野外コンサート。一貫して国内外のコンサートを精力的に続ける

2001年 ワイキキで25年ぶりのハワイ公演

      女性会社員と結婚

  03年 脳梗塞(こうそく)を発症

  04年 著書「あきらめない ~脳梗塞からの挑戦~」

  11年 脳梗塞が再発。その後も、右半身まひの後遺症と戦い、リハビリを続けながらステージに立つ

  15年 還暦記念アルバム「心響 -KODOU-」

  16年 デビュー45周年記念コンサートを展開

  17年 10月24日の大阪・オリックス劇場でのコンサートが最後となった

  18年 死去


■西城秀樹さんの主な曲■

1972年 「恋する季節」(デビュー曲)

 73年 「情熱の嵐」

    「ちぎれた愛」

    「愛の十字架」

 74年 「傷だらけのローラ」

 75年 「白い教会」

 76年 「ジャガー」

 77年 「ブーメラン・ストリート」

    「セクシー・ロックン・ローラー」

 78年 「ブーツをぬいで朝食を」

 79年 「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」

 83年 「ギャランドゥ」

 91年 テレビアニメ「ちびまる子ちゃん」のエンディング曲「走れ正直者」

2015年 「蜃気楼」。還暦を機に

朝日新聞社