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〈十勝沖地震50年〉「教訓語り継ぐ」 青森県南2町で追悼式

5/17(木) 10:14配信

デーリー東北新聞社

 48人の犠牲者を出すなど青森県内に大きな爪痕を残した、1968年の十勝沖地震の発生から50年の節目を迎えた16日、甚大な被害に見舞われた青森県南部町や五戸町では、追悼式が営まれた。最愛の家族を失った遺族は癒えることのない悲しみと向き合い、次世代を担う子どもたちは東日本大震災の記憶と重ね、教訓を語り継いでいくことを誓った。

 南部町では、旧名川町立剣吉中の生徒4人を含む計7人が、土砂崩れの犠牲となった。南部町剣吉の学校跡地の伊勢沢公園では、遺族や同中を統合した名川中の生徒ら約40人が、地震観音に花を手向け、静かに手を合わせた。

 当時中学2年だった妹を失った、同町斗賀の立花國彦さん(65)は「あの地震さえなければ、今頃は孫に囲まれて楽しく過ごせていただろうと思うと残念でならない」と悔しさを吐露。

 主催者の工藤祐直町長は「教訓を風化させず、次の世代へつながなければならない」と決意を述べた。

 名川中は、剣吉中時代から続く50回目の慰霊祭を、町立町民ホール「楽楽ホール」で行い、写真や元教員の講話などで当時を振り返った。7年前に東日本大震災を経験し、地震の恐怖を知る子どもたち。生徒代表で3年の鈴木胡夏さん(14)は「寒くてつらい夜を過ごしたことを今でも鮮明に覚えている。剣吉中の悲しみを後輩へ受け継ぐ」と4人の先輩に約束した。

 地滑りなどで11人が命を落とした五戸町。約50人が同町豊間内の地蔵尊公園で慰霊碑に献花し、犠牲者を悼んだ。

 農作業中だった両親を亡くした、同町幸ノ神の川村和人さん(56)は「小学校に入学したばかりの私は、父と母の死があまりよく分からず、怖いという気持ちだけだった。この50年間の支えは、地域の人たちと友人、親戚との絆だった」と、父母と共に歩むはずだった年月を思い、涙ぐんだ。

 三浦正名町長は「未来に向かい、町民と共に活力ある町を築き上げる」と決意を語った。

デーリー東北新聞社