ここから本文です

佐賀の「タイラギ」今や幻の食材に…6季連続の休漁、復活見えず 潜水漁師はわずか3人

5/17(木) 11:02配信

西日本新聞

 「金属靴が、海底一面に立ったタイラギを踏んでガシッと音がしたものだ」。かつて御殿や旅館が建つほどの利益を上げた有明海のタイラギ漁は、個体数の激減で2012年度から6季連続の休漁に追い込まれている。拠点の佐賀県太良町大浦では、潜水漁師の数はわずか3人に減少し、後継者もいない。佐賀のタイラギ漁はどうなるのか。

⇒【画像】タイラギの貝柱とビラの刺身。うまみと食感に感動する

■口に広がるうまみ

 「貝柱とビラ(身)を一緒に食べてみて」。太良町で旅館「一福荘」を営む元潜水漁師梅崎義行さん(66)が勧めるタイラギの刺し身をいただく。食感はさわやかで、広がるうまみに驚いた。口中に余韻が染みわたる。

 ただ、調理してもらったのは瀬戸内産だ。「有明海の砂地に立ったタイラギはもっとうまいよ」と元潜水漁師の船口博久さん(70)が口を添える。梅崎さんは旅館を、船口さんは“御殿”を建てた。豊漁の時代は貝柱だけを取り、ビラは鶏のえさにしたり、畑の肥料としてまいたりしていたという。

 かつて竹崎カニと並び、同町の特産だった有明海産のタイラギは、今や幻の食材だ。

■100年前に海外から

 有明海のタイラギ漁は、船上から空気を送るヘルメット式潜水器を着用した漁師が、海底に立っている貝を棒の先に鋭い金属を付けた手カギで引っかけ、スカリという袋に集めるやり方だ。1914~16年に朝鮮から伝わったとされ、当初は現地の潜水漁師を雇用していたという。

 60年代から、空気を送る装置が手押しポンプからコンプレッサーに代わり、船との通話やヘッドライトが使えるようになった。安全性や効率が飛躍的に向上し、1回で350キロを水揚げする腕利き漁師も登場。大浦漁協(現県有明海漁協大浦支所)には全漁師の水揚げ、売り上げが張り出された。

 「みんな一等になろうと切磋琢磨(せっさたくま)した。私は毎日日記を付け、どうしたらもっと取れるかばかり考えた」。同支所の弥永達郎運営委員長(62)は懐かしむ。

 漁獲は60年度に3146・5トン、売り上げは77年度に22億1900万円、操業隻数は76年度に285隻とそれぞれピークを記録。同町は好況に沸いた。

1/2ページ

最終更新:5/17(木) 14:19
西日本新聞