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米“スーパータカ派”ボルトン挑発…北“6カ国協議代表”キム・ケグァン復帰

5/17(木) 7:16配信

ハンギョレ新聞

朝米、非核化めぐり神経戦 

ジョン・ボルトン国家安保補佐官 
北核「リビア式解決法」再び強調 
会談控え北朝鮮の神経逆撫で 
2003年、金正日に「暴君」と非難 
20年来の北朝鮮との悪縁の“スーパータカ派”

 北朝鮮が16日「激怒を禁じえない」として出したキム・ゲグァン外務省第1副相の談話文には、ホワイトハウスのジョン・ボルトン国家安保補佐官の名前が三回登場する。談話文の大部分は、ボルトン補佐官が最近マスコミインタビューで主張した対北朝鮮メッセージに照準を合わせている。ジョージ・ブッシュ行政府に続き、ドナルド・トランプ行政府で華麗に復活した“スーパータカ派”ボルトン補佐官が、史上初の朝米首脳会談へ進む道で変数に浮上した格好だ。

 北朝鮮とボルトン補佐官の悪縁は、2000年代初めにまで遡る。彼はブッシュ行政府で国務部軍縮・国際安保担当次官と国連駐在米国大使を務めた時から代表的な強硬派(ネオコン)に挙げられた。彼は次官を務めていた2003年、金正日(キム・ジョンイル)当時北朝鮮国防委員長を「暴君のような独裁者」と非難し、当時北朝鮮は「人間ゴミ、血に飢えた吸血鬼」と打ち返した。キム・ゲグァン副相が談話で「私たちはすでにボルトンがどういう者かを明らかにしたことがあり、今でも彼に対する拒否感は拭えない」と明らかにしたのは、こうした前歴を指す。

 キム副相はまた「かつて朝米対話が進行されるたびに、ボルトンのような者のために迂余曲折を経なければならなかった過去の歴史を忘却し、偽りの憂国志士の話に従うならば…(省略)」と警告した。これもまた2000年代初期の北朝鮮核6カ国協議の時期を指していると見られる。ボルトン補佐官は、国務省次官だった2004年、リビアの核関連装備を米国テネシー州のオークリッジに移すことを主導しており、当時6カ国協議のメンバーではなかったが「北朝鮮はリビアモデルに従わなければならない」と主張し続けた。当時、6カ国協議の北側首席代表はキム副相だった。1994年の朝米ジュネーブ合意を2002年にブッシュ行政府が破棄する過程もまた、ボルトン当時次官が主導した。

 ボルトン補佐官は今年3月、国家安保補佐官に任命される直前までも対北朝鮮先制攻撃を主張するなど、タカ派気質をまったく捨てようとしなかった。彼は任命直後には「これまで個人的に話したことは、もうすべて過ぎ去ったこと」と言いはしたが、13日には「北朝鮮の核兵器をテネシー州に持っていかなければならない」として、リビアモデルを再び口にした。互いに知り尽くしている14年前のレコードを再び回して、北朝鮮の反発を招いたのだ。

ファン・ジュンボム記者 jaybee@hani.co.kr

北朝鮮のキム・ゲグァン外務省第1副相
6カ国協議代表を務めた外交専門家
かつてボルトンと対峙
北、象徴的人物立てて米国に警告
「行動対行動」原則を強調

 北朝鮮外務省のキム・ゲグァン第1副相は、中国北京で開かれた6カ国協議など北朝鮮核関連交渉で頑強に米国と対峙した外交の第一人者だ。彼が交渉の場で米国代表らと対抗する間、米国の大統領はビル・クリントンからジョージ・ブッシュに、さらにバラク・オバマに変わった。それほど朝米核交渉の歴史に占める象徴性が高い。

 彼の交渉戦略は、北朝鮮の核廃棄過程を細かく分ける、いわゆる「サラミ戦術」と「行動対行動の原則」を通じて、段階別補償を最大化するというものだった。北朝鮮が今も強調している「段階的、同時的措置」に立った接近法を終始一貫掲げてきた。キム副相はその過程で、米国の軽水炉提供、平和的核利用権認定、マカオの銀行BDA(バンコ・デルタ・アジア)に対する金融制裁の解除などを貫徹させた。米国の立場から見れば、ホワイトハウスのジョン・ボルトン国家安保補佐官が言う「不充分な交渉」を主導した人物といえる。実際、6カ国協議が採択した「9・19共同声明」や「2・13合意」 「10・3合意」を見れば、北朝鮮が主張する行動対行動の原則が基底にある。

 北朝鮮は2003年、第1次6カ国協議を控えて、当時“ネオコン”の代表的人物であるボルトン国務省次官が米国の首席代表として出てくることを強く敬遠した。ボルトン次官が出てくれば共存しないとも言った。米国はブッシュ大統領とコリン・パウエル国務長官が決める事項だとして対抗したが、ボルトン次官はついに交渉の場に出てくることはできなかった。キム副相は、彼の不参加が確認された2次6カ国協議から北朝鮮の首席代表として出席した。しかし、ボルトン次官は交渉の場外で強硬な態度を維持し、キム副相は彼と見えざる戦争をしなければならなかった。

 キム副相はしばらく北朝鮮核外交の舞台に姿を現わさなかった。彼が高齢であることに加え、健康状態が良くなく仕事をするには難しい状況という話が出回った。そのため、彼の今回の談話が名前を借りただけという観測も出ている。彼の名前に含まれた象徴性を通じて、米国に対する警告の重さを強調したという分析だ。ボルトン次官が当時、交渉の場外で米国の強硬な立場を代弁したとすれば、今回はキム副相が同じような役割をするものと見られる。

ユ・ガンムン先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:5/17(木) 7:16
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