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【EDIX2018】真のグローバリストを育成、灘式アクティブラーニング…和田孫博校長

5/18(金) 12:30配信

リセマム

 2020年からの新学習指導要領で示される、「主体的・対話的で深い学び」、いわゆる「アクティブラーニング」とは何だろうか。難関大学への進学者を多数輩出する、国内有数の進学校である灘中学校・高等学校校長の和田孫博(わだ まごひろ)氏は2018年5月17日、東京ビッグサイトで開催されている「第9回 教育ITソリューションEXPO(EDIX)」において、灘が実践する教育について特別講演を行った。

 自らも灘中学校・高等学校の卒業生であり、母校に英語科教諭として就職したのち2007年から同校校長および灘育英会理事に就任した和田校長。仲間と切磋琢磨しあった時代を経て、今は子どもたちの学びを見守る立場にある同氏は、灘の教師らを「寄席芸人気質の教員集団」と表現する。職員室は「楽屋」で、教室は「舞台」。常に先輩教師の技を盗み、自らの教育法に昇華させる体質は、自走して学び続ける「アクティブラーナー」の鏡だ。良き師のもと研鑽を積む灘の生徒らは、まさに伸び伸び学んでいるようす。自由闊達な校風は、教師と生徒の学び合いの上に成り立つ賜物であることがわかる。

 一体、どのような教育が“灘らしさ”を醸し出しているのか。和田校長は当日、講演で同校の成り立ちや、校是にもとづく灘の教育について伝授した。

リベラルとバンカラ、灘の教育

 灘中学校・高等学校は、兵庫県神戸市東灘区に位置する私立の男子中高一貫校。灘中学校は、中学校教師を養成する東京高等師範学校(現・筑波大学)の校長を25年間勤めた嘉納治五郎(かのう じごろう)氏が、その愛弟子である真田範衛(さなだ のりえ)氏を初代校長に招へいしてスタートした。校舎の設計や校章・効果の作成、教師の招集は、初代の眞田校長による並々ならぬ尽力のもと実現されたそうだ。灘を表すふたつの言葉「リベラル」と「バンカラ」は、真田校長時代に根付いたものだという。2代目校長に就任した清水實(みのる)氏は、灘中高一貫体制の礎を築いた校長。教材や教授法は一切自由、他校との教育競争(模試)は行わないとする教育方針(現在は一部異なる)や、教員と生徒の自由を確立した人物だ。

 和田氏は嘉納治五郎氏を「真のグローバリスト」と表現。あらゆる柔術を研究し、「柔道」を確立させただけでなく、“幻の東京五輪”として知られる1940年の東京オリンピック招致にも大きな影響を与えた。戦火の絶えない時代だったにも関わらず、海外にも目を向け、未知の世界を切り拓いた力は「真のグローバル力」の表れだと言えるだろう。アジア初の国際オリンピック委員会(IOC)を務めた経験からも、いかに同氏が世界に拓けた人物であったかをうかがい知ることができる。

 さて、ここで講演が行われている会場と、講演のテーマを振り返る。前者は「教育ICT」に関わる国内最大級の教育専門展で、後者は「アクティブラーニング」だ。はたして、創設者の教えや学校の成り立ちは、灘のアクティブラーニング環境にどのような影響をもたらしているのか。また、教育ICTの利活用は進んでいるのだろうか。

精力善用、自他共栄…アクティブラーニングの素地

 灘のICT導入例については後述するとして、和田校長が「ICTとは結構無縁」と示すとおり、灘はいわゆるICT先進校ではないことをまず述べておきたい。しかし、教育ICTが実現および学習効果を向上させるとされるアクティブラーニングについては、ICTの力を借りずとも活発に行っているようす。灘の生徒たちの自由と自主性に溢れた学びは、ICT機器導入による影響ではなく、その歴史と校風が支えているようだ。

 灘の校是「精力善用」「自他共栄」は、嘉納治五郎氏の唱えをもとに掲げたもの。灘はこの校是をふたつの柱とし、今もなお脈々と受け継がれる学び合いの姿勢を養ってきた。

 「精力善用」とは、自分の力を最大限に利用しなさい、という教え。力を活用するためには、長所を伸ばし、短所を克服し、自己肯定感を持つ必要がある。また、自分についても含め、常にクリティカルに考えることのできる視点も求められる。

 和田校長が「本当にすばらしい考え」とする「自他共栄」は、「自分が今あるのは、周りの人々のおかげだ」とする気持ちのこと。「頂点を極めた人ほど、自分ひとりの力でここまで来たと思うひとはほとんどいない」(和田校長)。支えてくれる人に恩返しをするためには、自分もさらに立派になる必要があり、他を思いやる感謝の思いを胸に抱かねばならない。

伝説の国語教師・橋本武氏の授業に学べ

 灘伝説の教師、橋本武氏をご存知だろうか。灘中の3年間をかけて、中勘助の書「銀の匙」(岩波文庫)1冊を読み上げる国語授業で知られる名教師だ。利用したのは唯一の教科書である同書と、オリジナルの「銀の匙研究ノート」だけ。

 たとえば、「学ぶ」という言葉があれば、「る」で終わる動詞について学び、「丑紅(うしべに)」という表現からは時刻や方角について知る。「猫に小判」というたとえが出てきたら、いろは歌留多を地方別に比較し、凧揚げのシーンが登場すれば実際に凧を作ってみる―。ただ1冊の本をもとに、言葉や文化、生活までを徹底的に調べあげるには、生徒同士の話合いや協働作業が不可欠だ。

 ここで重要なことは、「銀の匙」授業が始まった当時も、歴代教育者の意思を引き継いだ教師が集う現代の灘を見ても、授業に特殊な教材やICT機器は用いていない、ということ。和田校長は、昨今の教育現場に求められている「アクティブラーニング」という言葉は、始めに教具や機器ありきでは成し得ないものだと指摘する。

 「アクティブラーニングのための方法があるわけではない。先生が一所懸命“アクティブラーニングをやって”、生徒がじっと“パッシブ”でいたら、何のためのアクティブラーニングなのか、ということになる」(和田校長)。だからこそ、生徒が学びの場でアクティブな状態になるには、予習復習に留まる表面的な授業でなく、Impressive(印象的)な授業となるよう工夫する必要がある。そして、そもそもの土台には、生徒同士が学び合おうとする意欲がなければならないということだろう。

未知の課題を克服、真のグローバリスト育成を

 ノートと教科書、いくつかの副教材だけというほとんどアナログな教育でも、最先端の学びは実現可能であることを示唆する灘の教育。とはいえ、ICT機器の導入はゼロではない。講演の後半、和田校長は灘に導入しているICT機器例を紹介した。具体的な利用例は、職員室内に掲示している「時間割変更板」を校内2か所に映し出す動画(ほぼ静止画)配信の例や、PC教室およびICT教室における英語の授業例など。現在は出席簿管理システムの開発や、大学入試改革に伴うeポートフォリオの活用なども進めているという。授業の骨格はあくまでも教師・生徒がつくり、ICT機器は教務・校務の省力化に利用する姿勢だ。

 20年後、30年後の世界を想像すると、現代では最先端の技術も、未来では通用しないスキルに成り果てる可能性がある。和田校長は「専門・細分化された特殊な知識・能力は、新しい課題には使えないことが多い」とし、これからを生きる「真のグローバリスト」に必要なのは「異文化コミュニケーション力」と「多様な人と協力して課題解決する能力」だと語る。その素養を育むのが中等教育の役割であり、学校は子どもの自主性を尊重するアクティブラーニングの場でなければならない。

 異なる地域や文化圏の人々とコミュニケーション手段である「英語」の4技能育成も大事だが、4技能を身に付けて何を語るか。世界の人々と手を取り合い、何を成すか。ひとりではできないことでも、仲間と協力することで実現できる夢が広がるならば、ゆるぎない教養とコミュニケーション能力を武器に、自信を持って世界に飛び出していく「真のアクティブラーナー」を育てる教育環境が必要だと感じる60分だった。

《リセマム 佐藤亜希》

最終更新:5/19(土) 9:40
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