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西城秀樹さん急死、「ローラ」また歌うため倒れる直前までリハビリも

5/18(金) 7:00配信

サンケイスポーツ

 「傷だらけのローラ」「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」などのヒット曲で知られる歌手の西城秀樹(さいじょう・ひでき、本名・木本龍雄=きもと・たつお)さんが16日午後11時53分、急性心不全のため横浜市内の病院で死去した。63歳だった。2003年と11年に脳梗塞で入院、懸命にリハビリを続けながらライブ活動を続けてきた。先月25日に一家だんらん中に容体が急変して緊急入院、意識不明の状態が続いていた。

 甘く張りのある美声でテレビ歌謡番組の黄金時代を築いた秀樹さん。ドラマやバラエティー、カレーのCMでも活躍した「永遠のヤングマン」がこの世を去った。

 所属事務所によると、先月25日夜に横浜市内の自宅で家族とだんらん中に倒れ、同市内の病院に救急搬送された。一時は心肺停止状態になったが、すぐに蘇生(そせい)した。しかし、3週間意識が戻らないまま帰らぬ人となった。

 臨終には妻の美紀さん(45)、長女(15)、長男(14)、次男(13)のほか、美紀さんの母、事務所スタッフら7人が立ち会った。安らかに眠るようだったという。

 最後の仕事は4月14日に栃木・足利市内で開かれたコンサート。最後の曲に「YOUNG MAN」を熱唱した後、サプライズでステージにバースデーケーキが運ばれてきた。前日の13日が63歳の誕生日。会場のファンが「♪ハッピー、バースデー」の合唱で祝福すると、秀樹さんは感涙にむせび「ありがとう」を何度も何度も繰り返した。

 脳梗塞による右半身まひと言語障害の後遺症から、鬱状態になることもあったが、前向きにリハビリを続けてきた。2015年から週3回ほど、東京・台東区のリハビリ施設に通い、ハリ治療を受け、トレーニング器具などを使ってダメージを受けた神経の回復と発声練習に取り組んできた。

 その甲斐あって、当初の車いす状態から、杖なしでも歩けるように。普段の会話は舌がもつれたが、ステージではしっかり歌い歌詞もはっきりしていた。家庭では、脳梗塞にかかった後に誕生した長男の小学生時代、運動会や学芸会など学校行事は美紀さんに体を支えられながら出席していた。

 先月からは、自分の意志で週5回にリハビリ回数を増やしており、実は、容体が急変した直前の先月25日午後も、ハリ治療などを1時間、器具を使った運動を2時間こなしていた。関係者の1人は「ライブで歌うことが生きがいでストイックな人だったから…。もっと体を楽に動かしたかったのでしょう」と声を落とした。

 リハビリに励んでいた16年、サンケイスポーツの取材に「激しい振り付けのある『傷だらけのローラ』をフルコーラスでもう一度、歌いたい」と話していた秀樹さん。1974年の第25回NHK紅白歌合戦に初出場した際に歌い思い入れがある。その希望はかなわなかったが、最期までファンと家族に愛され全力で生きた。

 傷だらけになっても、満足に歌えなくても、多くの人に希望を与え続けた。その姿は真のスーパースターだった。

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