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西城秀樹さん死去 歌謡界に情熱の嵐 脳梗塞乗り越え

5/18(金) 7:55配信

産経新聞

 数々のヒット曲、情熱的なステージで人気を誇り、昭和歌謡曲の黄金期を築いた西城秀樹さん。脳梗塞に2度見舞われながら、ステージへの熱い思いからリハビリに励み、約1カ月前にもコンサートで熱唱。力強く歌う姿を見せ、ファンを喜ばせたばかりだった。

 高校1年生で上京し、デビュー2年後、「傷だらけのローラ」がヒット。細身の長身、肌を露出した衣装、ウエーブのかかった長髪、何よりも叫ぶように歌う情熱的な歌唱スタイルが若い女性の心をつかみ、「ブーメランストリート」「ギャランドゥ」などヒット曲を連発した。

 「ヤングマン」は、米国旗をモチーフにした派手な衣装と両腕で「Y・M・C・A」とアルファベットを表す振り付けが受けて大流行。みんなで歌える世代を超えた曲として親しまれた。市場調査会社「オリコン」によると13日までに約81万枚を売り上げ、西城さんの最大のヒット曲となった。

 テレビドラマ「寺内貫太郎一家」(昭和49年)では、父親役の小林亜星さん(85)と毎回激しい親子げんかを繰り広げる演技が話題に。ハウス食品「バーモントカレー」のテレビCMに長く出演し、決めぜりふの「ヒデキ、感激!」は流行語になった。

 脳梗塞を発症後の平成25年に大阪府内で行った講演では、右半身に障害があることを明らかにし、「やるという姿勢が大切」「諦めたら終わり」とリハビリの大切さを強調。軽い運動など心がけていることを紹介し、「こうやって話せるのが生きがい」と話していた。昨年10月に東京・中野サンプラザで行ったコンサートでは、ほとんど動かないまま歌っていたが、「ヤングマン」を歌うときはおなじみの振り付けを披露、観客を沸かせた。言語障害も残っていたはずなのにパワフルなステージを見せ、その後の取材に「歌になると楽に声が出る」と不屈の精神を示した。

 今年の誕生日の翌日、先月14日に栃木県で開かれたコンサートで、最後に熱唱したのは「ヤングマン」。“永遠のヤングマン”を全うした人生だった。(竹中文)

最終更新:5/18(金) 8:17
産経新聞

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