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アナウンサー・松本秀夫さん…7年介護した母、野球実況中も「まだ帰ってこないの」と携帯に

5/18(金) 12:12配信

読売新聞(ヨミドクター)

 プロ野球のラジオ実況で知られるアナウンサーの松本秀夫さん(56)は、7年間介護した母の喜美子さんを、76歳で亡くしました。40代の働き盛りと介護が重なった松本さんは「私の介護はちっともナイスゲームじゃない。スタンドからヤジを飛ばされるようなひどい試合でした」と振り返ります。

 父と離婚後、東京都内のマンションでひとり暮らしをしていた母が「おなかが張る」と訴えたのは1999年秋。病院で診てもらうと胆石症でした。僕は「命にかかわる病気でない」と安心したけど、ベッドに空きがなく、手術日程がなかなか決まらないことに、母は精神的に参ってしまいました。

 手術を終え退院した母は、近くに住む祖母の家に身を寄せましたが、明るかった母の気力は戻らず、食欲もあまりない。年が明けた頃「死にたい」と訴え、心療内科を受診し、2か月間入院しました。

「うつ状態」「認知症」異なる診断、迷路をたどるよう…

  《シドニー五輪やイチロー選手のメジャーリーグ挑戦など多忙な実況の仕事の合間を縫って、いくつかの病院に喜美子さんを連れていった》

 実況アナとして脂がのっていた時期で「イチローの活躍を見届けたい」という気持ちが抑えられず、米国に4か月間出張。弟が「オフクロのことは俺に任せて」、母も寂しさを我慢して「大丈夫だから」と後押ししてくれました。

 それぞれの病院では「うつ状態」「認知症」など異なる診断がされ、迷路をたどるようでした。介護保険の手続きを弟が進めてくれ、週に数回デイサービスに通いましたが、便失禁も始まり、80歳を過ぎた祖母による老々介護ではもう無理でした。

 2006年、母のマンションで同居を始めました。「俺が治してやる」と意気込んで臨みましたが、今思うと、当時は自分の家庭がうまくいっておらず、介護に逃げた部分もあった気がします。

実況荒れて、ネットで辛辣批判も

《職場に事情を伝え、出張を減らす一方、訪問介護なども利用。月12万円ほどの介護費用は弟と折半した。当初は一緒に朝ご飯を作るなど、良くなる兆しもあったが、奇声を発するなどの異常行動や失禁も増えていった》

 ヘルパーさんが夜8時に帰った後、母は一人で留守番をしていたのですが、実況中、「まだ帰ってこないの」と、携帯電話にかかってくる。CM中に折り返して「ラジオを聴けば、いつ仕事が終わるかわかるから」と言っても、聴いてくれない。

 ストレスで酒量が増え、声が出にくくなったり、集中力を欠いたりして実況が荒れることも。心身とも疲れ果て、11年のオールスター戦では、ささやくような声で「ホームラン、ホームランです」。インターネット上で辛辣(しんらつ)に批判されました。

 ある晩、母が「眠れないよ」と起こしに来ました。「頼むよ、明日は実況なんだ」と言っても、また来る。運命を呪いました。「やめてくれって言ってるじゃないか」とどなり、腕をたたいてしまった。

 ショートステイの職員があざに気づき、連絡を受けたケアマネジャーから「このままだと2人ともぼろぼろになってしまう。少し離れましょう」と言われました。母は「私が悪かったから」と決して僕を責めなかった。逆にこたえました。それからはショートステイを頻繁に利用しました。

 後悔したものの、「二度とやらない」と言い切れないものを感じて……。野球に例えるなら、投手の責任イニングとされる5回を投げ切らないうちに火だるまになってしまった。もう限界でした。

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