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夢は高校野球の監督です!元ヤクルト増渕竜義氏2

5/18(金) 11:01配信

日刊スポーツ

 増渕竜義さん(30)の運命を変える試合になってしまった。

 ヤクルトに在籍していた2012年10月7日。本拠地の神宮球場での広島24回戦。0-0のまま迎えた9回表、増渕さんはマウンドに上がった。

 先頭の赤松外野手に中前打を許した。続く倉捕手の送りバントが、投手前に転がってきた。増渕さんは打球を処理し、二塁へ送球した。この瞬間だった。

 増渕さん(以下、敬称略) 悪送球だったんです(記録は犠打野選)。この時、右肘に違和感を覚えました。痛いとかじゃなく、何か変な感じです。あの感覚は自分自身にしか分からない。うまく説明できませんね。

 続投したものの、さらにピンチを招いて降板した。翌8日付の日刊スポーツには「ヤクルト増渕竜義投手(24)が、ヤクルト-広島24回戦(神宮)の9回無死一塁から、投前バントを二塁送球した際に右肘を痛めて降板した。埼玉・戸田の2軍球場でリハビリに入る予定で、CS第1ステージでの登板は厳しくなった」という記事が載っている。

 増渕 病院で検査も受けました。靱帯(じんたい)とかネズミとか、いろいろあったんですが、結局は「手術しても、しなくてもいい」と言われました。「じゃあ、しません」と。その後も投げられたんですけど、感覚がおかしくなってしまいました。

 どのような感覚なのか。

 増渕 力の配分が分からなくなったというか。ボールを持っていても、投げる時はボールを持っていない感覚になってしまうんです。指先に神経が回らない。けん制やピッチャーゴロの処理なんかは大丈夫なんです。でも、ピッチングになるとおかしくなる。イップスですね。

 翌13年は5試合のみの登板に終わった。2014年の開幕直後、今浪隆博内野手との交換トレードで日本ハムに移籍した。

 投球の感覚を取り戻そうと、増渕さんはもがいた。投手コーチに助言をもらったり、メンタルトレーニングにも挑戦した。しかし、感覚は戻らなかった。

 14年はプロ入りして初めて、1軍登板がないままに終わった。翌15年も同じだった。そして、この年の10月2日に戦力外通告を受けた。

 増渕 この年に投げられなければ終わりだろうと、覚悟していました。だから戦力外通告を受けても驚きはありませんでした。ダメなら引退しようと決めて、親にも言っていました。

 トライアウトも受けなかった。27歳と、若くして野球界から身を引いた。

 増渕 可能性を信じてやるのも1つの道ですが、ボクの中ではそれがつらかった。自分の感覚で投げられない。それにプラスして、チームのためになれない。特に日本ハムではトレードで取ってもらったのに、何の活躍もできなかった。それが悔しかった。このままじゃ、野球が嫌いになってしまう。ボールも触りたくなってしまう。そう思って野球界を離れようと決めました。

 投球感覚の狂い…イップスがなければ続けていたのか。

 増渕 それは100%やっていたでしょうね。でも、何とか克服しようと、悔いを残さないように練習はしたつもりです。だから、それに対しての悔いはありませんでした。

 「マー君世代」と呼ばれる黄金世代の1人、2006年の高校生ドラフト1位でプロ入りした増渕さんは9年間でプロ球界を去った。野球を嫌いになる前に。

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 引退した直後はのんびりしていたという。

 増渕 最初は休もうと思いましたね。野球から離れようと思っていました。セカンドキャリアへの不安はありませんでした。野球を通じていろいろな経験をさせてもらいましたし、人脈も広がりました。自分で選ばなければ、世の中に仕事はたくさんありますから。

 その後、知人の紹介で飲食業などの仕事を手伝い始めた。しかし、すぐに野球に関わりたくなった。引退した半年後の2016年4月には「King Effect」という会社を設立し、野球教室や個人レッスンを始めた。

 増渕 野球に携われる仕事をしたいなと思って、活動の窓口としての会社を立ち上げました。知人の仕事を手伝いながら、野球を教えるようになりました。

 昨年4月には「SAITAMA GO EVERY BASEBALL」という会社と共同事業という形で、上尾ベースボールアカデミーを発足させた。増渕さんは、ここで塾長に就任した(ホームページはhttps://www.go-every.com/)。

 上尾市内に室内練習場を完成させた。内野なら十分に入るスペースで、ネットを張れば3レーンで打撃練習ができる。全面人工芝で、傾斜もつけた土のブルペンもある。練習場のレンタルも実施している。

 増渕 練習場のレイアウトも考えました。ブルペンはボクの自作です。

 初年度は約100人の小、中学生が参加した。平日の午後5時から7時半までが小学生、同8時から10時まで中学生が練習を行う。軟式、硬式を問わずに参加できる。

 増渕 練習内容は至ってシンプルです。ランニングと体操をして、キャッチボール、ノック、バッティング、ピッチングですね。

 一方的な教え方はせず、個々の性格を把握した上で声をかけるという。

 増渕 心がけているのは1人1人の気持ちを考えて声をかけること。この子は、こう言われたらどう思うか。同じ言葉でも、この子はどうかなと。それを考えて行動します。だから人間観察から入ります。

 技術指導も、選手と意見交換を重ねながら行っていく。

 増渕 選手が自分で考えて行動できるようにしたいですね。そうならないと上で通用しないし、続かないと思います。おもしろいもので、自分から「見てください」と言ってきたり、質問してくる選手は伸びる。結果も出ます。同じ練習をしていても、どういう意識、どういう姿勢で臨むかで差が出ます。こちらが一方的に教えるより、その方が効果が出ますから。選手が入会する時から、そういう話をします。

 3月には1期生を送り出した。中学を卒業し、高校へ進んだ。その中には、15歳以下の侍ジャパンに選ばれた選手もいる。

 増渕 1人1人に色紙に言葉を書いて贈りました。例えばですか? 侍ジャパンに入っていた子は、ずっとプロ野球選手を目指しているので「高い目標を常に持ち、実現するために頑張り抜け」と。そういうことを書きました。最後の練習日には、私が頭を丸刈りにしてあげて送り出しました。

 これからの目標は何か。そう聞くと、間髪入れずに答えた。

 増渕 スクールから1人でも多くの野球選手を送り出したい。野球人口を増やしたいですね。ここに通ってきた子が、甲子園に出たり、将来プロ野球選手になってくれたらいいですね。それを楽しみに頑張っていきます。

 さらに付け加えた。

 増渕 それが今の目標ですけど、本当に将来的には高校野球の監督をやりたいですね。そのために、(プロ経験者が学生野球の指導者になる)資格を取りました。

 野球を嫌いになる前に…好きなままで引退した。だから今も野球にかかわり、野球の目標を持って生きていけるのだろうか。

 増渕 そうかもしれません。やっぱり野球は大好きですね。

 小学生の練習を見せてもらった。子どもたちは皆、笑顔でプレーしていた。だが、一番楽しそうにボールを追い掛けていたのは、増渕さんのように見えた。その表情が印象深かった。【飯島智則】

最終更新:5/18(金) 12:12
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