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08年に田沢ルールができた経緯/メモ

5/18(金) 10:11配信

日刊スポーツ

 マーリンズは17日(日本時間18日)、田沢純一投手(31)を戦力外にしたと発表した。

【写真】ドジャース戦に4回から登板したマーリンズの田沢純一

 今後は「田沢ルール」もあり、移籍先が決まらなければ、マイナーでプレーすることになるとみられる。

“田沢ルール”ができた経緯は以下の通り。

 ◆08年9月12日 田沢がメジャー挑戦を表明したことを受け、NPBと日本野球連盟、日本高野連、全日本大学野球連盟のアマ3団体が緊急の会合を開き、ドラフト制度などの問題点について意見交換し、積極的に協議すると一致。

 ◆同22日 アマ3団体が連絡会を行い、田沢の希望を重視することで一致。

 ◆同26日 プロアマ連絡会。プロ側は「登録制など米球団スカウトの制限」「(直メジャーした選手が)日本に戻る際の制限」「紳士協定の順守を求める声明文を出す」など6項目を要望する。

 ◆同10月6日 NPB実行委員会。アマ選手が日本のドラフトを拒否して海外でプレーしたケースについては、その選手が日本に帰国しても高校生は3年、大学・社会人は2年は獲得しない方針で12球団が一致。この年のドラフトから適用の方向となった。

 ◆同17日 プロアマ連絡会。帰国後の制限について、アマ側は適用を翌年以降にするよう申し入れるも、プロ側は応じなかった。

最終更新:5/18(金) 10:19
日刊スポーツ

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