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パレスチナ人カメラマンが捉えた米大使館移転抗議デモ

5/20(日) 9:02配信

The Telegraph

【記者:Chiara Palazzo】
 東エルサレムでパレスチナ人らによる抗議デモを散会させるイスラエルの騎馬警官とシャッターの閉まった店先でおびえたように身を寄せ合う4人の女性たち──。

 2017年12月に撮影されたこの写真は、アラブ・ジャーナリズム賞(Arab Journalism Award)報道写真部門で受賞したパレスチナの写真家アフマド・ガラブリ(Ahmad Gharabli)氏によるシリーズ写真の一枚だ。

「女性4人のうち3人は抗議デモに参加していなかった。中央の2人の少女は、学校からの帰宅途中にたまたま巻き込まれた。左端の女性は唯一デモに参加していた。みな素早く立ち去り、二度と見かけることはなかった」と、ガブラリ氏はテレグラフに説明した。

 写真は、東エルサレムの商店街サラディン(Saladin)通りで、抗議デモが始まった日に撮影された。AFPカメラマンのガラブリ氏は、「デモに参加していた人々はダマスカス門(Damascus Gate)まで行こうとしていたが、イスラエル兵に阻止された」と述べた。

 同じくサラディン通りで1週間後、ガラブリ氏はイスラエルの警官とパレスチナ人女性が対立する瞬間を捉えた。

「デモ隊はエルサレムで禁止されているパレスチナの旗を持って行進していたため、イスラエルの警官は証拠としてデモ隊の写真を撮っていた。一方のスカーフを被った女性は、イスラエルの警官の気をそらそうとスマホのカメラを向けていた。写真を撮ったすぐ後に警察官の一団が到着してデモ隊を追い払った。ほんの一瞬の出来事だった」

 抗議デモは東エルサレム、ガザ(Gaza)、ヨルダン川西岸(West Bank)に広がっていた。ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領が12月6日、エルサレムをイスラエルの首都として認め、米大使館を5月14日にテルアビブ(Tel Aviv)からエルサレムに移転すると正式に表明したことがきっかけだった。

 東エルサレムはイスラエルが実効支配しているが、一方のパレスチナはここを将来の独立国家の首都とみなしている。イスラエルは1967年第3次中東戦争で、ヨルダンが支配していた東エルサレムを占領・併合したが、国際的には承認されなかった。ヨルダン川西岸とガザ地区におけるパレスチナ自治政府とイスラエルの最新の和平交渉は、2014年に中断した。

 ガラブリ氏は東エルサレム出身のパレスチナ人で、この地域での撮影を10年以上続けている。同氏はテレグラフの取材に対し、個人の政治的信条は仕事に影響しないとしながら、「私は国際的な通信社であるAFPのために働いていて、仕事のときは自分の信条を出さないようにしている。AFPからもできる限り客観的に報道するよう要請されている。イスラエルとパレスチナの紛争も、イラク、イエメン、シリアなど他と同じように扱っている」と述べた。

 中東地域の指導者たちは米大使館の移転が混乱を引き起こすと警告してきた。パレスチナ人が故郷を追われた「ナクバの日」――通常この日はイスラエル独立記念日の翌日に当たる――の5月15日、6週間にわたる国境近くの抗議デモは最も激しさを増し、ガザでは50人以上が殺された。

 ガラブリ氏はガザへの立ち入りが許されていないため、通常はエルサレムとヨルダン川西岸の抗議行動を取材している。

「エルサレムでの抗議行動は取材が難しい。通りの道幅が狭く、パレスチナ人と警官が向かい合い、その間にカメラマンがいるという状況に常になるためだ。ヨルダン川西岸では激しい衝突が起きるが、デモ隊とイスラエル兵の間にはそこそこの距離があるので、カメラマンは離れた場所に立つことができる」とそれぞれの場所での取材について説明した。【翻訳編集】AFPBB News

「テレグラフ」とは:
1855年に創刊された「デーリー・テレグラフ」は英国を代表する朝刊紙で、1994年にはそのオンライン版「テレグラフ」を立ち上げました。「UK Consumer Website of the Year」、「Digital Publisher of the Year」、「National Newspaper of the Year」、「Columnist of the Year」など、多くの受賞歴があります。

最終更新:5/20(日) 9:02
The Telegraph

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