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「国際線をやっていなかったら、いまのANAはありません」

5/20(日) 15:03配信

ニュースソクラ

「わが経営」を語る 片野坂真哉ANAホールディングス社長(4)

 ――片野坂社長は経営革新に積極的に取り組んでいますが、 これは絶対に変えてはならないというものはありますか。

 守り続けるべきものは「安全」です。これは経営の基盤であり、社会への私たちの責務です。今年の入社式では「安全がすべて」と4回連呼しました。社長になって最初の入社式では1回、昨年は3回、今年は4回で、新入社員はみなしーんとして聞いていました。

 私も含めて航空事故を経験した役員はいません。お客様と乗員が亡くなった事故は昭和46年の雫石事故が最後です。

 入社式では「昭和46年が」と言ってもピンとこないでしょうから、きちんと話します。60年前の伊豆下田沖の事故、58年前の小牧空港事故、同じ年に羽田と松山で事故があったのが52年前。雫石の事故も47年前で、皆さんは生まれていませんよと。

 晴れがましい入社式で、少し暗くなるかもしれませんが、「安全がすべて」ということを胸に叩き込んでほしいので、これからも言い続けます。

 ――会社を大きく変えたのは国際線進出ですね。

 1986年に国際線に進出して、グアム、ワシントン、ロサンゼルスに就航しました。ところが会社の中は「国際線に出なくてもいいのではないか」というムードだったのです。私が大阪から転勤した当時の経営企画室は、国際線に進出したいと積極的に推進した少数派の集団でした。

 国際線は17年赤字だったのですけど、国際線をやっていなかったら、今のANAはありません。しかし「止めたらどうか」という議論が盛んに出て、一時、撤退した路線もありました。

 トップ層で人事騒動があって、野村吉三郎さんが社長になった1997年度に無配になり、それが6期続きました。社員の給料を下げたり早期退職をしたりしたので、赤字の国際線をリストラしないと、社内が納得しません。

 対象になったのは、関西国際空港からのロンドンやローマとかです。関空からのミャンマーのヤンゴンやインドネシアもそうです。またシカゴも止めました。大議論でしたよ。

 また復活するようになりまして、歴代社長で国際線を止めようと言う人はいませんでした。これは有難かったですね。もしいたら国際線は続けられなかったでしょう。

 ――今や国内トップ、世界15位のエアラインに成長して、現状に安住する空気が出てくる不安はありませんか。

 心配しています。社内でアンケートをして世代別にみたら、中堅層が意外に保守的で、50代の人はロマンチストなんです。50代の人たちは若いころに借金をしてでも海外旅行をしたような世代ですね。

 遠いアフリカだってインターネットで見られるような時代になり、大手商社でも海外赴任を嫌う社員が増えましたよね。

 ですから、うちは新しいことに挑戦する会社なんだと世代を超えて引き継いでいこうと意識しています。

 そのために一番大事なのは、議論の際には誰もが言いたいことを言えるようにして、それを前提にハードルの高いテーマを投げかけることだと思います。

 ただし私は威勢のいいことを言っていますが、健全な財務体質はしっかり守りたい。無配のころや国際線を縮小したころは、DEレシオ(負債資本倍率)が11倍でした。今は1倍を切っています。

 私たちは飛行機の調達などで毎年3000億円くらい投資する会社です。よい財務体質を維持したうえで、成長のための投資と株主還元をして行く心構えが必要です。

 ――いま経営者として大切にしていることは何ですか。

 社長になって座右の銘を尋ねられて、「志千里にあり」と答えました。これは変わりませんが、最近、強く思うのは私たちのコーポレート・ブランドです。

 米国で9.11の同時多発テロがあり、JALとJASが統合を発表した2001年、私たちは非常な経営危機に直面していました。この時、新創業を目指して、ANAらしさは何だろうと検討して、「あんしん、あったか、明るく元気!」という社内の標語ができて根付きました。

 実はこれをコーポレート・ブランドとして、ANAらしさを表す言葉として外にも出すことにしました。私も、この標語を体現しなければなりません。例えば、近所の子供さんにも明るく優しく接するように、普段から心がけています。

 ――しかし仕事上、ストレスもありカチンとくることもあるでしょう。

 それは当然だと思いますが、今年から「発心」という言葉が好きになりましてね。最近、なるべく現場に行こうと決めました。会議などで接するだけでは、社員と遠ざかってしまいますからね。

 エレベーターで乗り合わせた社員に「今、どこにいるの?」と声をかければ、話がはずみます。整備工場に行けば、「エンジンの整備はどうだい?」と聞いたり、食堂で社員と酒を飲んだりもします。

 飛行機に乗れば、キャビンアテンダントやチーフパーサーが仕事の合間に話しかけてきます。「聞いてくださいよ」と要望なども聞けて面白いですよ。ダイレクト・コミュニケーションは大事ですね。

 ――経営トップが浮世離れすると、経営判断を誤りますね。

 だから、「発心」という言葉を意識して、反省して今日からこうしようと思い立ったら、やらないとリフレッシュできません。

 健康も大切ですから、朝起きたら体操をしています。これも大変ですよ。二日酔いでやるのもね(笑)。でも私はさぼってもくよくよしない。余裕も大事です。

 1日3万歩を目標に無理をして倒れた人もいます。過ぎたるは及ばざるがごとしという言葉もあるじゃないですか。

(片野坂真哉氏のインタビューは今回で終わりです)

■聞き手 森 一夫(経済ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1950年東京都生まれ。72年早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社入社、産業部、日経BP社日経ビジネス副編集長、編集委員兼論説委員、コロンビア大学東アジア研究所、日本経済経営研究所客員研究員、特別編集委員兼論説委員を歴任。著書に「日本の経営」(日経文庫)、「中村邦夫『幸之助神話』を壊した男」(日経ビジネス人文庫)など。

最終更新:5/20(日) 15:03
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