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3年以内に辞める若手がハマる「やりたいこと」のワナ

5/29(火) 14:16配信

ITmedia ビジネスオンライン

 「また若手が辞めた」「若い人材が定着しない」という悩みに頭を抱えている人事担当者は少なくない。「最近の若者は……」というフレーズはいつの時代にもあるものだが、実は3年目離職率はここ20年ほど3割前後で推移しており、今に限った話ではない。しかし空前の売り手市場が、「若手が辞める」事態を重くしているのだ。

【画像】3年以内で辞めていく若者は何を思っている?

 今、人事の現場で何が起こっているのか。それを聞きに、東京・銀座のバーに向かった。店主は「やっさん」こと鈴木康弘さん。元リクルートグループで外資系IT企業の採用支援と第2新卒のキャリア支援を行っていた“採用のプロ”だ。リクルートを退職し、ベンチャー企業で働いたあと、東池袋にバー「とこなつ家」をオープン。当初は普通のバーだったが、学生や若いビジネスパーソンの就職相談に乗るうちに、「転職バー」との評判が高まった。

 現在はとこなつ家をスタッフに任せ、銀座で2号店を開いている。鈴木さんのもとには日夜、就職相談者だけではなく人事担当者も集まってくる。人事に関するグチや相談は、なかなか社内にも社外にも打ち明けにくい。誰もが同じ悩みを抱え、人事の“共通言語”を知っている人ばかりのバーだからこそ、胸の内を明かせることがある……というわけだ。つまり鈴木さんは、「人事の最前線」の目撃者でもある。

●キラキラした「やりたいこと」のワナ

 今、採用の現場でどんなことが起こっているのか。鈴木さんはズバリ、今の若手が「やりたいこと探しのワナに陥り、ミスマッチに苦しむことになっている」と話す。

 「若者のほとんどに、やりたい仕事なんてないんですよ。でもメディアの影響で、『やりたいことがなければいけない』と若者も人事も思い込まされている。特にここ数年はその傾向が顕著だと感じます。やりたい仕事なんて、本来は一生かけて分かっていくもの。おじさんだって分かっていません(笑)。むしろ人より『うまくできること』『うまくこなせること』の方が重要だと思うんですがね」

 Webを検索すれば、「やりたいこと」を会社の中で実現した社会人が取り上げられている。特に求人メディアでは顕著だ。若手にも大きな裁量権が与えられるベンチャーで活躍する若手を見るうちに、「キラキラとやりたいことをやって働く自分」というイメージばかりが大きくなっていくのだという。

 「就職活動や転職活動の“自己分析あるある”ですが、何に向いているかの『適正』と、何をやりたいかの『志向性』のボタンの掛け違いが起こっている。やりたい仕事と向いている仕事が一致することはそうそうありません。従来型の日本企業の方に向いている人がベンチャーを目指したり、創造性があまりないのに広告代理店に入ろうとしたりする。昔からそういう若者はいましたが、近年さらにその傾向が強まっている。それがミスマッチの要因になっています」

 売り手市場も、「やりたいこと」を探してしまう追い風になっている。就職氷河期やリーマンショックのころと比べて、採用基準がグッと下がった。資質や能力の面で向いていない人材でも、少しの面接対策で希望の会社に入れてしまうのだという。

 「空前の売り手市場だったバブル世代は今、『使えない』と言われています。それは本来だったらその会社に入れるはずがない人たちが入社していたから。近年の有効求人倍率はバブル世代に迫ってきていて、バブル期に人材の質が近づきつつある。社風や職種のミスマッチならともかく、会社が求めている業務遂行能力を満たしていないというミスマッチは、結果的に人を不幸にします」

 転職口コミサイト「Vorkers」の15年調査によると、平成生まれの退職理由ランキングの1位は「キャリア成長が望めない」。3位に「仕事内容のミスマッチ」、5位には「企業の方針、組織体制、社風などとのミスマッチ」が並ぶ。入社前の期待が大きすぎたことで、余計落差が大きくなっているケースも中にはあるだろう。

●数年でいなくなる若手の姿

 「やりたいこと探しのワナ」にハマった若手が、自分の適性と合っていない会社に入社した場合、どういうことが起こってしまうのか。

 「『やりたいことを考えよう』というメッセージは発信されているけれど、やりたいことを実行に移す教育はされていません。企業の中でやりたいことをやるためには、ほぼ確実にどこかで社内や社外との競争をする必要が出てくる。でも、さまざまなマーケティングデータを見ると、若い世代のストレス耐性は下がってきているし、他者との競争を避けるようにもなってきている。そうなると『やりたいことができない』というストレスがただ高まっていくようになります」

 鈴木さんが語る「若手像」をまとめてみよう。就職活動は順調に進み、十数社から内定を得た。ベンチャー企業に心を引かれながらも、第1希望の日系大手企業への入社を決めた。内定式後にも引き抜きの声は絶えず、同期懇親会で話が盛り上がった男が1人いつの間にか消えていた。それでも、大企業で活躍することに魅力を感じた。

 しかし1年と数カ月後、期待は失望に変わっていた。大きな志を抱いて入ってきたのに、担当できるのは下積みのような仕事ばかり。やりたいことを提案しようにも、やり方が分からない。日々やりたくないことをやっているのでストレスはたまっていく。そんな日々を過ごしている時に、求人情報サイトで活躍している同年代のインタビューを読む。

 「ほかの会社に行ったらいいことがあるかもしれない……」そう思って転職活動を始める。とんとん拍子に選考が進み、内定が出る。上司からは一度引き留めがあったが、意志が変わらないことを告げると引き下がった。来月からは“新天地”で自分のやりたいことができるようになるはずだ――。

 バーの常連であるベテランの採用コンサルタントのAさんは、こうした理由で転職していく若手も、同じ理由で転職してくる若手も見てきている。

 「転職マーケットに職歴が短い人が増えてきています。転職は以前よりも普通になってきていますし、今は人手不足なので、1年以内に辞めている若手も採用します。ただ、そういった職歴が2社以上並んでくるようになると厳しい。『将来のために経験を積んでおく』というのは分からないということですから。でも、転職エージェントはそういった指摘はしません。耳障りのいい言葉だけ言って、ベンチャーに送り込んでしまうんですね」(Aさん)

 若手が抜ければ、また新しく採用しなければいけない。面接に来た人材はややミスマッチを起こす不安もあるが、それでも採用しなければ現場がまわらない。配属後、現場から「どうしてあんな人を採用したんだ」と言われ、板挟みになる……。Aさんは「いろいろな企業が採用に力を入れていますが、本当に採用がうまくいってるのはほんの一握りでしょう」と話す。

 ほんの一握りに入らない大多数の人事担当者は、苦しい日々を送っている。もちろん個々の事情はあれど、全体的な採用トレンドが人事にとっての“逆風”だ。

 鈴木さんはこう話す。「今、人事の仕事はめちゃくちゃキツくなっています。その中で考えてほしいのは、『いい人材をどうやって採るか』ではない。この逆風の中でこそ、そこそこの人材をどう教育し、一流の仕事ができる人材に育てるかが問われるのではないでしょうか」