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小島武夫さん82歳・心不全で死去 “伝説の雀士”の豪快素顔

6/1(金) 16:33配信

東スポWeb

「ミスター麻雀」として多くのファンに愛された小島武夫さんが5月28日、心不全で亡くなっていたことが分かった。82歳だった。麻雀プロ第1号としてテレビや雑誌などで活躍し、日本プロ麻雀連盟の初代会長も務めた。1970年代の麻雀ブームをけん引した“伝説の雀士”は、卓上だけではなく私生活でも「魅せる男」だった。

 小島さんはこの春から体調を崩していたが、それまではファンとも交流し、元気に牌も握っていた。しかし、年齢からくる体力的な衰えは隠しきれなかったという。

「正直『しんどそうだな』と心配になる姿なんです。でも、いざ麻雀卓につくと目つきも手つきもガラッと変わる。高い点数を狙う打ち筋も含め、“いつもの小島先生”になるんですから、さすがミスターですよ」(数か月前に同卓した男性)

 そんな小島さんの知名度を一気に上げたのが1968年、日本テレビ系の深夜番組「11PM」内で始まった、麻雀のイカサマ技を公開するコーナーだった。

 自分の手牌の一つを山にある牌とすり替えたり、アガりやすいように牌を積み込む…。普段は“表”に出てこない不正行為、しかもその鮮やかな牌の扱いに多くの視聴者がクギづけになった。

 中でも、その後、阿佐田哲也氏の「麻雀放浪記」をはじめ、数々の麻雀小説や漫画で描かれたのが「ツバメ返し」というイカサマ技。自分の前に並んでいる牌の山をごっそり他の山と入れ替えてしまう有名な技だが、実はそれを考案したのは小島さん本人だったと、昨年本紙に掲載されたインタビューで明かしている。

「名前も僕がつけた。派手な名前があった方が面白いだろう?」。とはいえ、同業者?からは「商売あがったりだ」と嘆かれたとか。

「魅せてこそプロ!」をモットーに、高い点数の役を作ることが多かった。完成することが極端に少なく、“幻の役満”とも言える「九蓮宝燈(チュウレンポウトウ)」を公式戦で2回も上がっていることでも有名。特に「モンド麻雀プロリーグ 名人戦」第3回大会(2009年)の予選では、意外なほどあっさりアガっており、そのときの動画は今でもネットで何度も再生され、“神”とあがめられている。

 一方、麻雀以外でも豪快な勝負師だった。

「小島先生が大好きなボートレースの初日に3000万円ぐらい勝ったことがあったんだよ。で、現ナマをしまうところが思いつかなかったのか、執着がないのか、家の冷蔵庫に入れてた(笑い)」。こう話すのはレース場に同行していた某麻雀プロ。しかし、3000万円という大金を小島さんはその後の5日間ほどの開催で、すべて使い切ってしまったという。

「それなのに悲壮感はまったくないの。『冷蔵庫に入れといたのにとけちゃったよ』って豪快に笑い飛ばしてた」(同プロ)

 麻雀で作る手役同様、女性関係も華麗だった。20~30代のころはモテまくったという。

「黙っていても女性が寄ってきたし、夜は夜で尽くすというか、“相手が満足するまで何度でも”というタイプだったみたい。お付き合いした相手の中には、今は亡くなってしまった大女優もいた」(当時を知る関係者)

 アルコールも大好き(本紙が昨年取材したときも赤ら顔だった)で、誰からも愛された。「ミスター」という称号も、根っから明るく、性格が「陽」だから、いつの間にか周囲からそう呼ばれるようになったとか。

 ちなみに、小島さんはどんな対局(対決)でも「一回も緊張したことがなかった」といい、前述の役満のときも周囲のお祭り騒ぎをよそに淡々としていた。

 天国で、親交のあった阿佐田哲也さんたちと、どんな表情で、どんな麻雀を打っているのか、のぞいてみたいものだ。

最終更新:6/1(金) 16:35
東スポWeb