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新日本プロレスが復活、過去最高の業績を更新へ

6/1(金) 13:07配信

東京商工リサーチ

 アントニオ猪木が創業し、有名レスラーを輩出した新日本プロレスリング(株)(TSR企業コード:291266630、東京都品川区、以下、新日本)の業績がV字回復している。
 2018年7月期の売上高が、ドームプロレス全盛期で武藤敬司や蝶野正洋、橋本真也の“闘魂三銃士”が活躍した1998年の実績を20年ぶりに塗り替える見通しだ。
 娯楽の多様化などで興行収入が落ち込み、5年前は債務超過の厳しい経営状態だった。そこから徹底的に無駄を省き、女性や外国人の顧客を増やした。日々の努力の甲斐もあってわずか5年で無借金経営に大きく改善した。
 今年5月、新社長に玩具大手タカラトミー社長だったオランダ国籍のハロルド・ジョージ・メイ氏を招聘。海外試合や動画配信の分野をさらに伸ばすビジネス戦略を描いている。

黎明期から成長、成熟を経て混迷時代へ

 プロレスは昭和を代表する娯楽のひとつだった。ビール片手にゴールデンタイムの金曜夜8時、世代を問わず誰もがテレビの前で熱狂した。プロレスのテレビ中継は一流のスポンサーが付き、アントニオ猪木をはじめ、藤波辰巳(現在:辰爾)、長州力、前田日明が黄金時代を飾った。
その後、“闘魂三銃士”の武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也などのスター選手も活躍。東京ドームや大阪ドーム(当時)を満員にするドームプロレスが開花した。業績も1998年の売上高は39億3000万円とピークに達した。
 ところが2000年を境にスター選手の離脱、引退が相次ぎ、興行収入が大きく落ち込んだ。そこにPRIDEなどの総合格闘技ブームが若いプロレスファンを侵食。プロレスラーが総合格闘技で敗戦する屈辱もあり、入場者の減少に拍車をかけた。
人気に陰りがみえるとテレビ放映もゴールデンタイムから土曜日の夕方、そして深夜帯に移動していった。

ユークス支援で1円からコスト削減

 新日本の2005年の売上高は13億円にまで落ち込んだ。苦境に陥った新日本を2005年11月、JASDAQ上場の(株)ユークス(TSR企業コード:571241972、堺市)が子会社化した。
 テコ入れ策の第一弾は企業では当たり前のコスト改善策だった。
1.1円でも社長の決裁ルールを設定
2.相見積もりの導入
3.予算を立て毎月の予実管理
4.営業所の削減など財務リストラ
人気プロレスラーの棚橋弘至など選手も、営業やプロモーション活動に奔走し業績回復に向けて耐えた。コスト圧迫のネックだった大規模会場での開催を止め、中小規模の会場を中心にした興行に切り替えるなど、利益重視の経営に変貌していった。

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