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ベンチャー企業なんて、取り込んで、利用して、捨ててしまえ!

6/11(月) 7:00配信

@IT

「コンサルは見た!」とは---
連載「コンサルは見た!」は、仮想ストーリーを通じて実際にあった事件・事故のポイントを分かりやすく説く『システムを「外注」するときに読む本』(細川義洋著、ダイヤモンド社)の筆者が@IT用に書き下ろした、Web限定オリジナルストーリーです。
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●登場人物
ジェイソフトウェア
三浦大樹:システム開発企業「ジェイソフトウェア」代表取締役社長、兼技術トップ。大手電機メーカーを早期退職して同社を立ち上げ、カーナビゲーション用ソフト「ボカ」を開発した。

プレミア電子
木村美智子:カーナビシステムベンダー「プレミア電子」システム企画部長。

●お人よしはお払い箱です

 「わが社のソフトを採用しないとは、どういうことですか?」

 「ジェイソフトウェア」の三浦大樹は、額を汗が流れ落ちるのを感じた。目の前に座る自分の娘と変わらない年頃の女は、澄ました顔のまま言いようのない威圧感を三浦に与えている。

 「言葉通りですわ。わが社の次世代カーナビ『バルサII』のアプリケーション開発は、自社で行います。従って、今後御社にお手伝いいただくことはございません」

 女の声には抑揚というものがほとんどなかった。

 女の名は木村美智子。カーナビゲーションシステムで国内シェア70%を誇る「プレミア電子」のシステム企画部長だ。

 「ちょ、ちょっと待ってください。約束が違う」

 三浦の声が高くなった。

 「約束?」

 木村が首を傾げる。

 「とぼけないでください。御社とわが社の間の基本契約で、『御社が開発するカーナビゲーションシステム“バルサI”のアプリケーションに、わが社のカーナビ用ソフト『ボカ』を最低5年間採用し続ける。その代わり、わが社は御社に“ボカ”のソースコードを全て提供する』と約束したじゃないですか!!!」

 「確かに(ニヤリ)。ソースコードまで提供していただけので、わが社は主要製品『バルサI』に、ボカを自分たちなりにカスタマイズして載せられました。しかしそれは、あくまで旧世代のバルサの話です。新製品『バルサII』は別のカーナビ製品ですから、基本契約の範疇(はんちゅう)外でございましょう?」

 「そ、そんな……。じゃ、じゃあわが社は、これからどうすればいいんですか。われわれは御社がボカをずっと採用していただけると見込んで、他の仕事をほとんど断ってバルサ向け製品改造に取り組んできたんですよ!」

 「それはお気の毒に。でも、私どもには関係のないお話ですわねえ」

 木村は涼しい顔で、そう言い放った。

●蜜月の終わり

 ジェイソフトウェアは、カーナビゲーション向けソフトウェアを開発する新興企業だ。今から4年ほど前に、大手電機メーカーを早期退職した三浦が、同時期に退職した同僚の松井雄三と共に立ち上げた。

 ソフトウェア技術者として数々の実績を残してきた三浦の退職を惜しむ声は多かったが、根っからの車好きだった彼は、以前からカーナビ用のアプリケーション開発に強い興味を持っており、早期退職者募集に手を挙げたのだった。共同経営者の松井は、斬新な企画で新製品を次々と生み出してきたアイデアマンだ。

 Apple創業時のウォズとジョブズのような2人の力で、ジェイソフトウェアはカーナビゲーション用アプリケーションソフト「ボカ」を世に送り出した。

 このボカを自動車用ソフトウェアの見本市で目にしたのがプレミア電子だった。スマートフォンによく似て使いやすい画面操作や、立ち上がりや処理速度の速さ、精細な地図情報や各種のインターネット機能を搭載したボカを見たプレミアの担当者は、当初ボカを「自社製品に対する大きな脅威」として社内に伝えた。

 しかし、話を聞いたプレミア電子の武田社長は、「争うよりも取り込んだ方が得策」と判断して、「自社のカーナビシステムバルサIにボカを搭載したい」と三浦に持ち掛けたのだった。

 当時、まだ顧客をつかんでいなかった三浦と松井は喜んでその話に乗り、開発要員の多くをバルサ向けアプリ開発につぎ込んだ。

 ジェイソフトウェアは売り上げのほとんどをプレミア電子に頼ることとなってしまったが、国内で圧倒的なシェアを誇り、今後海外進出も考えているプレミアとの協業は、立ち上げて間もないジェイソフトウェアの経営を支える大黒柱となった。一方のプレミア電子も、ボカの採用によって性能の上がったバルサの売り上げが伸びた。

 両社はお互いに切っても切れない関係となっていたはずだった。

 ところが、そのプレミア電子のシステム企画部長が「来年発売する新型のバルサIIには、ボカを搭載しない」と言っているのだ。突然の話に三浦は混乱した。

 「わ、われわれがいなくなったら、メンテや改良はどうするおつもりですか?」

 三浦の上ずった声に、木村はクスリと笑って返した。

 「ご心配なく。御社からソースコードを全て提供いただいたおかげで、わが社のエンジニアたちも今では十分にボカの構造を理解していますわ」

 「そんな……」

●「コンサルは見た!」Season3に寄せて

 書籍『システムを「外注」するときに読む本』のスピンアウト企画として始まった「コンサルは見た!」連載、いよいよSeason3に突入しました。

 ベンチャー企業が、ある分野に特化したソフトウェアを開発して大手企業に提供することは珍しくありません。提供は、「機械語に翻訳して、人間が参照したり改造したりするのを困難にしたバイナリデータを渡す」方式が多いのですが、ジェイソフトウェアのように、「提供を受けた側が中身を見ることができて、改造も可能なソースコードを渡す」場合もあります。

 ソースコードを全て渡すのは、提供側の財産である技術情報を外部に教えてしまうことであり、経営的には危険な行為です。一方、「大手の顧客との関係を続けられる」「通常より高い値付けでソフトウェアを売って短期的な利益を得られる」などのメリットがある場合もあります。

 しかし、ソースコードを受け取ったとたんに大手企業がベンチャー企業を切り捨ててしまうかもしれません。契約によっては、著作物に関するさまざまな権利を大手企業が主張して、本当に開発したはずのベンチャー企業が、自分たちの作ったソフトウェアを他社に販売できないなどの制約を受けることもあり得ます。

 これでは、ベンチャー企業はいつまでも小さな下請けのままで成長ままなりません。

 ベンチャー企業がソースコードを提供しながらも、受け取り手にその独占を許さず、自分たちも自由に自身の作ったソフトウェアに関する権利を行使する方法はないのか――Season3では、そんなことを考えます。

 ヒントは、ジェイソフトウェアの松井がソースコードに仕込んだコメントにあるのですが……ソフトウェアの権利について明るい方は、「ああ、あのことか」と思い当たるかもしれませんね(細川義洋)。

「コンサルは見た!」Season3「オープンソースの掟」は、毎週木曜日掲載予定です

●細川義洋
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる

最終更新:6/11(月) 7:00
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